身支度を整えよう
三人が目指していた街は、思っていたよりも広かった。
ウッディモルドと呼ばれるその街は、見上げるほどの巨大な巨木を中心に栄えており、住んでいる住民は木こりやドワーフが主だった。
「村長さんがあの巨木の
アルフォンソは美空と稔の名前が似ていて紛らわしいと言う理由から、美空のことは“ソラ”、稔のことを“ノル”と呼ぶことにしたらしい。
「とは言え、まずはお金がないと話にならないわよね……」
アルフォンソはしばし考え込んでいたが、やがて「仕方がない」とポケットから手のひらサイズの真っ赤な板を二枚差し出して来た。
稔はそれを受け取ると、不思議そうに見つめてからアルフォンソを見る。
「何、これ」
「……魚の鱗みたい」
横から覗き込んできた美空も、マジマジと二枚の板を見つめながらそう言うと、アルフォンソはニッコリ笑いながら頷いた。
「そうよ。それ、私の鱗」
「え!?」
「ドラゴンの鱗ってとっても硬いから、こう言う街では高値で取引されやすいの。だからと言って毎回当てにされたら困るわ。今回だけ特別サービスよ」
バチンとウインクをしてみせるアルフォンソに、稔は鱗をまじまじと見つめてから視線を上げると、その表情はどこか困惑したような顔を浮かべている。
それを察したアルフォンソは手をパタパタと手を振って笑って見せた。
「大丈夫よ気にしないで。それ、脱皮した時のやつだから」
「ドラゴンて脱皮するんだ……」
「そうよ。まあとりあえず、それを換金して初期の装備を整えてちょうだい。二人分だからもしかしたら足りないかもしれないけど、その分はあなたたちがバイトでもして稼ぐのよ」
思いがけない「バイト」という言葉に、稔と美空は顔を突き合わせる。
二人はまだ中学生で働ける年齢ではないはずだ。
「バイトって……俺たちまだ中学生だし」
「年は幾つ?」
「15」
「あら、全然問題なしよ。こっちの世界じゃ12から仕事出来るわ。15なんて大人と同等に働けるし、お酒も飲めるわ」
とは言え、二人は仕事などしたことがない。何をどうすればいいのかも分からず、言葉が通じるかどうかの不安もある。だが、ここでもやはり美空のポジティブな考え方が先導した。
「ま、なるようになるって。とりあえずこれ換金してこよう!」
そう言うと美空は稔の手にあった鱗を取り、換金所を探し始める。
この世界の言葉は、こうしてアルフォンソとやりとりが出来ることで大丈夫だとは思うが、種族が違えば通じる言葉も違ってくるかもしれないと、稔は一人不安そうにしていると、アルフォンソはそんな稔の額に指を突き立てた。
「ノル。少しはソラを見習った方がいいわ。あれこれ考えてばかりいたら余計に臆病になって、進めるものも進めなくなるわよ?」
「……そりゃそうだろうけど」
「考えすぎは良くないのよ。万が一に備えるのが悪いとは言わないわ。けどね、私も一緒にいるんだから大丈夫。もし何かあったら安心して私に任せなさい。それに今はあれこれ考えるよりも、ソラみたいにどんどん失敗を恐れずに進むことが大事よ」
アルフォンソはそう言うとぽんと稔の背中を押した。
よろめいて足を数歩前に踏み出すと、目の前には手あたり次第その辺を歩くドワーフに換金所の場所を聞きまくっている美空が見える。彼女はジェスチャーを加えながら手にしていた鱗を見せると、道行くドワーフたちはその鱗の魅力にすぐに気付いて目を輝かせていた。途中で何度か物々交換の交渉されているような様子もあったが、美空はそれを断固拒否し、譲ってもらえないと分かったドワーフに怒鳴られたりすることもあった。しかし、そこに臆病になることなく、美空は換金所の場所を見つけてこちらに大きく手を振って来た。
「おぉ~い! あったよ~!」
「ほらね?」
「……」
ニッコリ笑いながら「こうやって結果的に上手くいくものよ?」と、アルフォンソはウインクをしてみせる。
美空の行動力の凄さは稔自身もよく分かっていた。
あれこれと考えてしまうのは臆病にもなるという言葉は確かに頷ける。失敗をしないようにと身構えてばかりいては成長をしない上に余計に失敗をしてしまう。そしてまた臆病になりどんどん先に進めなくなってそして……つまらない人生になる。
「……そうやって人ってつまらない大人になってっちゃうんだな」
「ん? なぁに?」
「何でもない」
稔は急いで美空の傍に駆け付けようと走り出し、アルフォンソはそんな稔の後姿をみてくすっと笑った。
「ま、不安定なのが子供らしさなんだけどね」
◆
「見て……すっごい! 全っ然価値が分からないけど!」
「めちゃめちゃ大金なんじゃ……」
鱗を換金してもらい、中くらいの皮袋にたっぷり入った金貨を顔を突き合わせる稔と美空。二人には物凄い大金のように見えるのだが、アルフォンソはこれだけあっても足りないと言う武器や防具は一体どれだけなのか全然分からない。そもそも、この世界のお金の単位すら何なのかも知らないのだ。
「とりあえず、どれがどれくらい買えるのか分からないから、特に必要なものだけに絞って買い物しようよ。あたしは何がいいかなぁ。とりあえず武器はいるよね~」
「俺も武器がいるな」
「は? 稔はもう持ってるでしょ?」
「あれは重たくてまだ扱えないよ」
「あなたに必要なのは筋肉です。でも筋肉は売ってません」
「うっせぇ」
金貨の袋を挟んで二人で言い合っている傍で、アルフォンソもまた上から袋の中を覗き込んだ。
「……そうね、これでざっと7万ペアンってところかしら」
「は? 7万? すっごい大金じゃん!」
「あら、そうでもないわよ。ここじゃ武器一つが大体1万からだから、二人分の武器を最低値の1万で買って残り5万。揃えるのは武器だけじゃないでしょ? 二人分の防具と宿代と食事代諸々合せて支払ったら、それでギリギリよ。旅に出るなら備品とか非常食や消耗品もいるでしょうしね」
旅に出るのもなかなかの物入りだ。それも分からないわけじゃない。着の身着のまま出掛けられるのは二人がいたあの世界の日本と言う国だけだろう。
そう考えると稔も美空もなかなかに考えが甘かったと言える。そこだけは「子供の無邪気な冒険ごっこ」では終われないと言うのが現実だった。
「じゃあとりあえず、質は少し落ちるでしょうけど格安の武器屋さんに行ってみましょうか。ノル、しっかり持って来るのよ」
「え? 俺重たい剣も持ってるのにこれも持つの?」
「当たり前でしょ。あなた男なんだから」
「……それ言ったらアルフォンソだって」
「え? なぁに?」
「……」
アルフォンソの満面の笑みが怖くて、稔はそれ以上色々言う事が出来なかった。
こういう時だけ女を出してこようとする辺りズルいと思ってしまうのは、いけないことなのだろうかと内心考える。
目の前を陽気に歩くアルフォンソと美空は楽しく談笑をしているのに対し、頭から汗を噴き出してよろめきながら重たい剣と金貨の袋を握り締めて歩く稔は、目の前の二人をただジト目で睨みつける事しかできない。
男だからと言ってこんな思いしなければならないなんておかしいんじゃないか、と。
巨木の前を通り過ぎ、少し奥まった路地に入るとボロボロの看板が掲げられた店の前で三人は足を止めた。
「ここ?」
「そうよ。私の顔馴染みがやってるお店なんだけど、鑑定もやってるからついでにあんたたちの適正を視てもらうと良いわ」
そう言ってアルフォンソは店の扉を開けた。
店の中は薄暗く、シン……と静まり返っていた。とても質素な造りをしていて、壁に剣や槍などの武器のサンプルがいくつも飾られていた。そこに書かれている値段はどれも1万と少しの物ばかりを取り扱っている。
「……ちょっと錆びてたりするよ、あれ」
美空がボソッと稔に言うと、稔はそちらに目を向けた。
壁に掛けられていたその武器は剣なのだが、持ち手と刃の接合部分に確かに若干の錆が見て取れる。
「もしかして中古……?」
稔がそう呟くと、暗がりのカウンターの方から酷くデカい咳払いが響いて来る。二人はそれに驚いてビクッと体を震わせると、カウンターの下からひょっこりと顔を覗かせたドワーフの顔は毛むくじゃらで、片目に傷跡がついていた。
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