失せ物探しの旅へ
『いやぁ~ん、ごめんねぇ? 何か後ろからメンドクサイ奴が追っかけて来るからさぁ~。大丈夫? 怪我してない?』
ふとどこからともなく声が聞こえてくる。
「え……今の、稔?」
「ち、違うよ」
『あ~私よ私。ちょっと待ってね~、今降りるから~』
その声が聞こえた瞬間、二人が乗っているドラゴンは大きく空を旋回し森の中に見えた唯一の更地にゆっくりと舞い降りた。ズ~ンと言う地響きと共に降り立ったドラゴンは首を地面に這わせるようにして下げ、二人を折りやすいように誘導する。
『はいは~い。気を付けて降りてね~』
「……」
「……」
そろそろと言われるままに地面に降りると、ドラゴンはゆっくり顔を持ち上げてその鼻先を二人に近づけた。
『どうも~。私、アルフォンソって言います。アルちゃんって呼んでね。宜しく~』
そのあまりに軽すぎる挨拶は、確かに目の前にいるアルフォンソと呼ばれたドラゴンから聞こえて来る。その言葉とは裏腹に、見た目は物凄くごつい強面のドラゴンなのだが……。
二人がじっと見つめていると、「あ、そうね。ちょっと待ってて」と一言言い置き、アルフォンソは「ふん!」と気合を入れる。すると見る見るうちに山ほどもあった巨体がするすると縮み、人間の姿に変身してしまった。
真っ赤なゆるやかに長い髪に、ドラゴンらしい瞳をした一見女性のような顔立ちをしたアルフォンソだが、体つきや筋肉の付き方を見る限り男性だと言う事が分かる。
そんな彼を見て、美空は小さく隣に立っていた稔の脇腹を肘でつついた。
「……何?」
「ねぇ……この人、オネエだよね?」
「……」
顔は張り付いた顔をしながらこそっと呟いた言葉に、稔はどう答えていいか困った。
確かに体つきは男の人で、二人よりも身長が高い。おそらく180センチは越えているだろうデカさだ。ただ、その体の大きさに相反して先ほどから身だしなみをやたらと気にしている姿はまさに女性らしい素振りだ。
「ねぇねぇ、汚れてない?」
突然そう訊ねられ、こちらに背中を向けて来るアルフォンソに稔はギクッとした。
「あ……はい。汚れてないです」
「良かったぁ~。今日に限って一張羅着てきちゃったのよ。まったくもう、こんなになるんだったらもっと普段着で来たのにぃ」
稔が答えると、アルフォンソは頬に手を当てて嬉しそうに二人を振り返り、困ったように笑っていた。
そんなアルフォンソを前に二人は何も言えずに呆然と見つめる事しかできない。
「あ、あのぉ……おかしなこと聞きますけど、ここって何処ですか?」
稔がアルフォンソにそう訊ねると、彼女(?)は頬に手を当てたまま目を細める。
「ここはねぇ、光の世界よ。そしてあなたたちが暮らす場所は影の世界。ほら、私達にもあるでしょ? 影。それと同じ」
「影……?」
いまいちパッとしないその言葉に、美空は首を傾げた。するとアルフォンソは心底驚いたように目を見開き、心配しているかのような真顔でこちらを見つめ返して来た。
「え? やだウソ、あなた影知らないの? ちゃんと生きてる!?」
「バカにしないでよ! 知ってるよそれぐらい!!」
ムッとなって美空が答えると、アルフォンソは安堵したようにため息を吐きにっこりと微笑んだ。
「良かったぁ~。死んじゃってるのかと思ったじゃない。驚かさないでよもう!」
「勝手に殺さないでくれるっ!? それに驚かせてないし!」
美空が噛みつくも、アルフォンソは全く相手にしていないようだ。むしろ美空を焚きつけるような物言いが目立っている。それがよほど頭に来たのだろう。美空が掴みかかろうとしたが、アルフォンソの長い腕に額を抑えられて握り締めた拳がまるで相手に届いていない。
稔は最初こそポカンと二人のやりとりを見ていたが、慌てて美空を止めに入る。
「美空、やめろって」
「だってこいつ、あたしの事バカにしててマジムカつくっ!」
彼女の喧嘩っ早いところも昔と全然変わっていない。美空は感情直結型。そんな彼女に幼い頃は守ってもらった事もあるが、今はその時じゃない。
当のアルフォンソはただニコニコと笑って美空の頭を押さえつけていた。
「やぁねぇ……人聞き悪いわぁ。まるで私が悪者みたいな言い方して。そもそもね、光のお嬢さんはお呼びじゃないのよ」
「はぁ?!」
「私はね、影のお兄さんの方に用事があるの」
「え、俺?」
アルフォンソは美空から手を離すこともなく稔の方へ向き直ると、にっこりと笑いかけてくる。
「さっきも言ったでしょ? ここは光の世界。あなたたち二人が暮らすのは影の世界だって。この世界はあなたたちで言うところの空想世界と言うのかしら。あなたたちが思いつく限りの種族はみんないるわ。ドワーフ、ホビット、エルフ、ピクシー、ドラゴン、獣人。あと、それから魔法もあるわ。何でもござれよ」
「何それめっちゃファンタジーじゃん」
アルフォンソの話を聞いた美空が攻撃をする手を止めてぽつりと呟く。そして先ほどまで怒りに染まっていた彼女の瞳は、いつしかキラキラと夢見る少女のように光り輝いている状態だった。それに比べ、稔は酷く冷静なものでアルフォンソの話もどこか「夢を見ているんじゃないか」と、疑り深く思っているところがあった。
そんな稔の様子に、アルフォンソは美空から手を放して腕を組み、茶化した笑みではなく真顔で見つめ返してくる。その表情は思わず怖いと思ってしまうほど鋭く、射貫くような眼差しで、凛々しい男らしさを感じさせた。
「あなたたち人間が住むのは影の世界。いわば、あなたたちは私たちから見れば影の住人になるわ。人間たちがなぜ影の世界に集まっているか分かる?」
「え……分かりません」
「人間てね、よく忘れちゃうのよ。素直さとか純粋さとか。子供の頃には持ってたはずのものを大人になるに従って忘れちゃうの。ほんとはずっと持ってていいものなのに、忙しいだとか恥ずかしいだとか、もしくは他人の手でそれを潰されてしまうとか。そう言う理由で持ってなきゃいけないものまで忘れてしまう。じゃあ忘れられたそれらはどこに行くのか。それはね、さっきあなたたちが落ちてきた、あの洞窟から落ちて来るの」
アルフォンソが指を指すと、何千メートルもの高さがある切り立った崖の上に二人は目を向ける。自分たちが落ちてきた洞窟の入り口は全然見えないが、代わりにキラキラとした何かが無数に降ってきては風に流されてあちらこちらに散らばっていくのが見えた。
「人間は仮面をかぶるのが好きよね。比べたり、人を傷つけて陥れる事も好きだわ。それに、純粋に楽しむことをほとんどの人間が忘れてしまっている。彼らが本来持っていたその宝石は、この世界では“
今度は別の山を指さすと、頂上付近からキラキラと光り輝く石が地面に向かって降り注いでいるのが見える。
「あれが失せ物?」
「そうよ。そしてね、あなたの失せ物もこの世界のどこかに落ちているわ」
「俺の?」
「お嬢さんがお呼びじゃないのは、まだお嬢さんには失せ物がないからなのよ。お兄さんはお嬢さんと同じ年なのに失せ物が幾つもある。正直に、あなたこのお嬢さんのことを羨ましいって思う気持ち、あるでしょ?」
ズバリそう問われ、稔は一瞬口を噤んだ。
確かに稔は美空のことを羨ましいと思っている。どんな状況も心から楽しんでいるし、何事も素直だ。取り繕ったり、言い訳がましくもない。毎日を本当に楽しく生きているのを感じられて羨ましいのと、どこか妬ましい気持ちも持っていた。
アルフォンソの言葉はどれも思い当たって何も言えず、稔は視線を下げてしまう。
「でも、心配することないわ。失せ物はもう一度取り戻せばいいんだもの」
「取り戻す?」
「そうよ。毎日何千、何万とこの世界に失せ物は降っているの。その中からあなたの忘れてしまった失せ物を探して見つければ、また取り戻せるのよ。失せ物は誰にとっても大切なものだもの。このままにしておいたらきっともっと大人になってから後悔するわよ?」
「……」
その言葉に、稔の心が疼いた。
誰にとっても大切なもの……。いつの間にか忘れてしまった自分の失せ物をまた探して取り戻せるんだとしたら、その時はなりたい自分になれるのかもしれないと、稔は思った。
アルフォンソは真っすぐに見つめ返してくる稔を見て問いかける。
「……ねぇ。あなたの失せ物、もう一度取り戻したくない?」
「取り戻したいです」
「ふふふ。そうよね。じゃあ……冒険に出ましょう? お嬢さんはどうする?」
「もちろん行くに決まってる!」
アルフォンソはにっこりと笑って二人に手を差し伸べると、稔も美空も躊躇うことなくその手をしっかりと握り返した。
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