俺だけが隣の無口な小鳥森さんの声(本音)を聞ける

@サブまる

第1話

「今日は隣の席の人とデッサンをしてもらいます」


 隣の席……俺の隣の席は……。

 隣を見ると、あちらも同じように、いや、かなりきつめの視線で俺の方を睨んでいた。

 デッサンは相手をマジマジと見て行うものだ。そりゃ、男にマジマジと見られるのは、いやだろうけどさ……。


「先生」

「なんだ小鳥森こともり

「デッサンということは、隣の人間の顔を描くということですか」

「そうだぞ。各自ペアになって、机を向かい合わせてください」


 先生に諭され、さっさと机をくっつける。

 そして、今もじっと俺を見つめてくる小鳥森涼花こともり すずか。普段はあまり喋らないクールなキャラで、透き通るような玉肌に、まつ毛の長い淡い瞳に、腰まで伸びた艶やかな髪の毛。


 鼻筋の通った綺麗な鼻に、遠慮がちな薄い唇。


 俺の隣の席の美少女だ。口数が少なく、近付き難い雰囲気を醸す彼女だが、そのミステリアスな空気が逆にいいと巷では人気も高い。


「よろしく」

「さっさと描いて終わらせましょ」

(適当に描いたら許さないんだから)


 そうだそうだ、急いで描かないとな……て、え?


「今、なんか言った?」

「言ってないけど」


 あれ、でも確かに何か聞こえた気が……。


「下向かないでくれる」

「あ、ごめんごめん」

「描きづらいからこっち見ないでくれる」

「え?! ごめん」


 なんて理不尽な。


(そんなに見つめられたら体が火照って汗かいちゃうから)


「ごめん、やっぱなんか言ってるよね?」


 画板に視線を落としていた小鳥森さんが、ゆっくりと目だけこちらを向いた。それはそれはもう、とんでも無く迷惑そうな表情で。

 やっぱ、なんかの聞き間違いだな。


「邪魔しないでくれる」

(ちょっかいかけられるの、ちょっと嬉しい)


 それ以上は気にせず鉛筆を動かした。

 まずは、正確に当たりをとっていく。小鳥森さんの顔はいわゆる黄金比というやつで、美術部の僕からすると顔のパーツの配置が整っている為、かなり描きやすい。


(あ、真剣に私のこと描いてくれてる)


 よしよし、大まかなアタリはかけたな。

 あとは細かいパーツを……まずは鼻から描いていこう、顔の中心にくるから一番大事だ。


(真剣な姿かっこいい……すき)


 よしよし……いい感じにできてきた。

 あとは目を描きたいんだけど、見ないと描けないな。

 顔を上げると、やはり冷たい目でこちらを見ていた。


「なに、できたの」

「いや、これから目だけど」

「早くしてくれる。気持ち悪いのだけれど」

(見つめられると恥ずかしくて、汗かいちゃうから気持ち悪いじゃない。ばーか)

「う、うん。急いで描き上げるから」


 なんだろう……さっきから何か、発言とは全く逆の言葉が聞こえてくるような気が……。


「どうですか?」

「あ、はい。順調です」


 先生が僕の絵を覗き込んできた。画板は膝に乗せている形なので距離はかなり近くなる。先生は去年藝大を卒業したばかりの若い女性の先生だ。

 男子からの評判も上々。若くて綺麗で、胸も大きかったらそりゃ仕方ないわな。


(このクソアマ。私が一番に見せてもらう予定だったのに)


 え!? 今とんでもないことが聞こえたような気がして、先生と小鳥森さんを交互に見るが、小鳥森さんは、画板に集中し、先生は慌てて振り返った俺に不思議な顔をしていた。


「?? いいですね、この絵のタッチ」

「あはは、そんな……まだまだ完成してませんけどね」

「好きですよ、あなたの絵のタッチ」


 好きって……今好きって!!


(好きって……今好きって……コロス!)


 え?! またしても交互に首を振ったが、先ほどと同じ状況だった。


「そうですね。この絵からは愛が感じられます」

「ちょ! 先生! 恥ずかしいからそんなこと言わないでくださいよ! 俺は絵に真剣なだけですから!」

(愛……? やっぱりこの先生殺さない)


 やっぱり絶対おかしいよこれ。今度何か聞こえたら返事をしてみよう。


 目も終わり、顔のパーツは残るは唇となった。

 そのタイミングで、じっと小鳥森さんの唇に視線を預けてみる。


(どうしよう……めっちゃ見てる。今どこ描いてるのかな……)

「今は唇だよ」

「?!」


 画板と俺とを何度も行き来させ、そしてようやくこっちに視線が定まったのち、焦ったように当たりを見渡したあと、周囲に声が漏れていないことを確認したのか、こちらに向き直った。


「い、い、い、い、いきなり独り言とか」

「あ、焦ってる」


 新鮮だ。小鳥森さんは普段ほとんど表情が変化しない。優等生なので授業中は質問でよく手を挙げるが、それが終わればめっきり声が止む。

 数ヶ月前から選択科目の美術で一緒になって、席が隣同士になってからも同じだった。


「あ、あ、あ、焦ってないしっ!」

「いや、どう見ても焦ってるよ」


 下唇を噛んで恥ずかしさを紛らわそうとする小鳥森さんが妙におかしくて、笑いが込み上げてきた。

 そして、さっきから聞こえてきた声が小鳥森さんのだったのだと、聞き間違えなんかではなかったのだと悟った。


「なに笑ってるの!」

「俺も小鳥森さんもおかしくてさ」

「絵、見せてよね!」


 急で頭が回らなくなっているのか、席を立ち上がって大急ぎで俺の方に回り込んできた小鳥森さんは、先ほどの先生とは比べ物にならないほどの距離の近さ。

 もはや密着すらしていた。


 やばいよこれ! い、いい匂い……こんなの耐えられるわけ!


「ちょ! まだ終わってないから!」

「うるさい! 私のこと描いてるんだから著作権は私のものでしょ! 隠さないで見せてってば!」


 わちゃわちゃと取っ組み合う男女。周りから見ればにしか見えない。


「こらあ、そこ。授業中に盛るのはよしなさい」


 なに言っちゃってんのこの先生!! ど下ネタ突っ込まないで! あんたも授業中だっってこと弁えなさいな?!

 クラス中の笑い物になったあと、顔を真っ赤にした小鳥森さんが席についた。

 超気まずい……


(やばいやばいやばい……焦ってくっついちゃった。顔熱。ああもお!! 嫌われちゃったらどうしよう……)


 あれ? 可愛いところもあるんだな……いや、待てよ。もしかして、今までの態度は普通に嫌われないと思ってやってたの……?


「別に、嫌いになったりしないよ」


 ぼそっと呟いてみる。

 当然聞こえなかったみたいで……


(っっっっっっっ! いま、嫌いになったりしないよって! 嫌いになったりしないよって!! かっこいいいいいいい)


 聞こえてたみたい。

 授業が終わる頃には、小鳥森さんも落ち着いたようで、いつもの色白に戻っていた。

 そして、お互いに絵を見せる。


「え……」

「すごいでしょ」


 先程のお返しと言わんばかりに、挑発的に鼻を鳴らす。

 びっくりおったまげ。まるでモノクロ写真かと見紛うほどの絵が、そこには描かれていた。


(驚いてる驚いてる……ずっと練習してきたんだもんねー)


「すごいな、まるでずっとそれを描き続けてきたようなうまさだ」

「でしょ。それであなたの……。今なんて?」

「だから、ずっと描き続けてきたみたいだなって」


 お返しだ。すると、さっきまであれほど挑発的な顔をしていたのが、急にワタワタし出した。


「は、はあああ??! 私があなたの顔をずっと描いてきたとでも言うの!? けがらわしい!」

「日常会話で初めて聞いたよ。けがらわしいって」

「そんなに言うなら、あなたの見せてよ!」


 そんなに言うならって、なにも言ってないけど。

 言うまもなく、回り込んできた小鳥森さんが、まじまじと僕の描いた絵を見つめた。


「普通」

(めっちゃ上手……てか、私のことじっと見つめて描いてたんだよね……)

「ありがとう」


 そういうと、なんとも形容し難い焦ったような表情で、


「はああ! 普通って言ったんだけど!」


「こらそこ! まだ授業は終わってないですよ! 盛るのは後にしなさい!」


 またまたど下ネタを突っ込んできた先生に、どっと笑いが起きた。


 それから、少しだけ小鳥森さんと話すようになっていったのだが、すぐに別れの時が訪れた。

 卒業だ。

 僕は大学に進学し、小鳥森さんは音楽で、海外の大学に進学することになった。



 ******



「何。こんなとこに呼び出して」

「ずっと言いたかったことがある」


 卒業式の日、俺は思い切って小鳥森を呼び出した。

 古典的に、『卒業式が終わったら、体育館裏まで来てください』と手紙を机に忍び込ませておいた。

 気づいてくれたら伝えようと思ったし、気づかなかったらそれで良いと思ってた。

 でも、小鳥森は今目の前にいた。


 俺と小鳥森の関係は、ちょっとだけ進歩し、呼び捨てで呼び合うようになっていた。


 夕日のせいか、小鳥森の頬は赤く染まって見えた。


 髪を指でこねながら、気恥ずかしそうにそっぽを向いている。


(これって絶対告白だよね……!?)


「そう」

「!?」


 いつ見ても飽きない反応。心の声であることに気づいてから、俺はたまにその声に答えてきたが、毎度この驚いたような反応をした後、ワタワタするのを見るのが癖になっていた。


「で、で、で、なに!」

「美術でお互いの絵を描いた時から、ずっと小鳥森の心の声、って言うのかな、それが聞こえてた」


 少しの間の後、目を大きくあけ何かを言おうとしたのを遮って、俺は言葉を続けた。


「は、」

「ずっと小鳥森の心の声ばかり聞いてて、卑怯だと思ってた。だから言うよ。俺は小鳥森が好きだ」


 彼女は海外の大学に行くし、もうこれから会えることなんてほとんどなくなる。

 でも、それでも伝えておくべきだと思った。

 伝えないと後悔すると思ったのだ。


 無口な小鳥森の頬に、きらりと雫が光った。

 何か困ったことがあるといつもするように、下唇を噛んでいた。


「その、」

「わかってる。小鳥森は海外の大学に進学するし、もう会えないかもしれない。気持ちを伝えたかっただけだ。でも返事が欲しい」

「ごめん」


 そうだよな……。


「もう笑いが堪えられない」

「え?」


 そういうと、無口な小鳥森が、腹を抱えて笑い出した。


「あはは! ずっと私のことからかってたんでしょ?」

「え? え?」

「私がちょっと名前の変わった大学に行くって言ったら、勝手に海外の大学だって勘違いしてるんだもん」

「何……?」

「わたしも、ずっと心の声聞こえてたよ」


 ……? ん?


「え、てことはつまり……お互いにお互いの心の声が聞こえてたってこと?」

「うーん、そうなるのかな? でも私の方が勝ってるみたいだね」

「え?」

「だって、私わざと心の声聞かせてたんだもん」

「は……」


 え、待って。え? もしかして、おちょくられてたのは……俺の方!? あれも、これも……全部演技!?


「そうだよ? だって、あなたの反応が面白いから」

「はあああ! じゃあなんだよ、好きって言ったのも……」

(それはほんと)

「もう、どっちだよ! 海外の大学行くってのも?!」

「それはウソ。ふふふ」


 やばいやばいやばい……てことはあんなことも、こんなことも、あの妄想も……全部……


(ぜーんぶ丸聞こえだったよ)


「ああああああ!!!」



 ひとしきり叫んで、落ち着いた頃。羞恥心とか、安心とか、その他もろもろの感情でなんとも言えない心境になっていた。


「なんだよ………じゃあ返事は?」

「心のこえがわかるんでしょ?」


 そう言っていたずらな笑みを浮かべる小鳥森。

 確かに、答えは既にわかっていた。


「でも言葉で聞きたい」

「そう? わかった。」


 一呼吸おいて、クシャッと笑うと。


「だいっきらい」

(だいすき)

「もう! どっちだよ!」

「だいだいだいのきらいだよ〜ふふーん。あなたは私のこと好き?」

「きらいだよ!」


 そう言って、二人で笑い合った。

 ずっと優位に立っていたと思ったら手のひらで転がされてただけで、結局彼女は俺と近くの大学に進学。

 そして、同棲生活をすることになるのはまた別のお話。

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