第50話:銀の弾丸

髪を器用に動かして頭だけで逃げようとするイズミを見て、拳銃を構えた状態で氷室は固まってしまっていた。警察官として、公安の人間として幾千の修羅場を潜り抜けてきた氷室であったが、既に己の脳で理解できる範疇をとっくに超えていた。



「な、なんですか、あれ」



(…)



その光景を見ながら奏矢は自身の身体のさらなら異変に気がつく。不定形の銀の体が溶け落ちていき、地面へと広がっていき元に戻らない。言葉に出来ない感覚であったが、遠からず"自分は死ぬだろう"という確信があった。



(やべぇな)



 奏矢は体を動かそうにも、身体が言うことを聞かなくなってきていた。物理的に目減りする身体を感じながら、思考を巡らせる。



(…1人じゃ死にたくねぇな)



 気を失って氷室に抱き抱えられたリリを奏矢は見やる。そして逃げ去ろうとするイズミを見て、決心を固める。



(なあ、氷室刑事さん。頼みがあるんだけどさ)



(は…え?)





 奏矢は残り少なくなっていく身体で氷室の体を登っていき、腕へと絡みつく。そしてさらに腕の先へと進み、氷室の持つ拳銃の中へと入り込む。そして氷室の腕から、拳銃をから奏矢の身体銀色のえきが水のように滴り落ちていく。



「腕が、勝手にっ…?」



 弾倉へと入り込んだ奏矢は氷室の腕を操り、イズミへと狙いを定める。真っ直ぐにイズミの頭に照準が向けられ、そして引き金が引かれる。



 パァン。

1発の炸裂音が辺りにこだまする。拳銃から吐き出されたは正確無比に逃げ行くイズミの頭部へと直撃するが、イズミはまったく気にすることもなく姿を消してしまう。



「…いったい、これは」



 氷室は腕を伝う銀の液体を思わず振り払う。まるで水のように粘度をなくした液体は氷室の肌を離れて地面に落ちると揮発して消滅していく。氷室は思考が半ば停止しながらも、リリを抱き抱えるとこの場をあとにするのであった。

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