第38話:些細な変化

 蛾型怪人モスマンはグラウンドへと落下しながら考える。『なんでこいつは鱗粉の壁を突っ切って突っ込んできたのか』と。だが、その考えは地面へとぶつかった衝撃で中断される。



「『なんで突っ込んできた』って思ったでしょ」



 リリはモスマンに馬乗りになって問いかける。モスマンは暴れるが、リリは完全にマウントを取り、振り落とされることはない。そしてリリは手から銀の弓を精製すると、をそのまま弦へと掛ける。



「"ここ"にあなたたちの弱点だって、なんでか分かるの。不思議だけどね」



「うぐっぐっ」



 そう言いながらリリは思い切り弦を引き切ると、指を離す。リリによって限界まで張られた弦は、瞬時に元の位置へ―――モスマンに突き刺さった矢を押し込んだ。その矢の先は"怪人の核"にまで到達する。



「それにあの鱗粉だって、あなたが自分の意思で動かしてるんでしょ? じゃなきゃショッピングモールの時の説明がつかないもの」



(…リリ?)



 リリの足元で怪人の核を貫かれたモスマンはリリの質問に答えることなく、ぐずぐずと身体が崩壊してすぐさま揮発していく。奏矢もリリを通してその光景を見ながら、リリの雰囲気に違和感を覚える。今まではどちらかと言えば受け身だった性格だったはず、だがモスマンに対して引けをとらないどころか気絶をして奏矢に体を渡さなくてもモスマン怪人を倒してしまったのだ。



(俺が何回も身体を乗っ取ったせいで、リリ自身の性格にも影響が?)



「あっ!」



 奏矢の考えを妨げる様にリリは声を出すと立ち上がる。そして校舎の屋上を見上げると各階にある校舎のっぱりを蹴って跳躍する。その跳躍の最中、リリは己が居た教室を見て先程までモスマンの鱗粉に苦しめられていたクラスメイトが、無事であることを確認する。



戦闘員シャドウに連れ去られたみんなはどこいったんだろう」



 リリは屋上に着くと反対側の柵へと身を乗り出しながら、辺りを眺望する。だがあれほどの騒ぎがあったにも関わらず、校舎周りの住宅街は死んだ様に静まりかえっていた。



(…なんだ? なんだかゾワゾワする)



 奏矢は自身についても違和感を覚える。背筋に悪寒が走るような、なんとも言えないざわめきが奏矢を襲っていた。そして奏矢は何かに惹かれるように、リリへとある場所を指し示す。



(リリ、あそこ。ほら、あの赤い屋根の家の隣のマンホール。わかるかい?)



(…赤い屋根の家? あっ!?)



 リリはそこで気がつく。半分ほど空いたマンホールに今まさに戦闘員シャドウが大人の女性を引き摺り込んだところであった。リリは勢いをつけると、そのマンホールに向かって校舎の屋上から跳躍する。そしてあと一歩のところでマンホールの蓋は閉じられたのであった。

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