第33話:名瀬の訪問
「お邪魔します。ごめんなさいね、天野さん。連絡もなしに来てしまって」
「…ああ、いえ。特になにかをしていたわけじゃないので大丈夫です。あ、お飲み物は麦茶で良いですか?」
「少し確認したいことがあって来ただけだから、お構いなく」
(14歳の女の子の部屋にしては嫌に殺風景ね)
「あの、なにか…?」
リリは名瀬がジロジロと部屋を見渡していることに気がつくと、冷蔵庫から麦茶を出しながら声を掛ける。名瀬はハッとした表情になるが、すぐさま元の堅い表情へと戻る。
「あー、いえ。 …天野さん、いくつか聞きたいことがあるから、そこに座って貰えるかしら」
「…? あ、こんなのですみません」
「あ、お茶をありがとう」
リリは名瀬に麦茶を出すと、そのまま机を挟んで反対側へと座り込む。名瀬はカバンからA4のクリアファイルを出すと、数枚の写真をリリへと出す。その写真を見て、リリはピクリとまゆを動かす。
「早速本題に入らせて貰うわね。昨日のショッピングモールの事件、知ってるわよね」
「…はい」
「ショッピングモールの事件も貴女が襲われた事件も、同じ犯人グループが関わりあいがある、と警察は考えてるみたいなの。だからこそ、私は貴女が事件には無関係だと立証したいの。それに警察は貴女が昨日の事件でなにも警察に証言せずに居なくなったことにも心証を悪くしてるわ」
「…つまり?」
「何か知っていることとかないかしら。児童福祉所は貴女の味方だけど、警察に睨まれたら貴女への毎月の生活費の支給にも影響が出るわ」
名瀬の話は殆どが嘘である。そもそも警察の人間である名瀬には、証拠もないのに児童福祉給付金に関して権限などない。
(…何か証拠を掴まなくちゃ。氷室さんが間違いなくこの一連の事件の鍵は天野リリにある、と言っていたし)
―――「名瀬さぁん、この一連の事件の鍵は"天野リリ"ですよぉ」
名瀬は昨日、
「…専門の方に任せても、この画像の乱れは直せませんでしたねぇ。ただ、他の時間帯の監視カメラを見てわかったことありましたよ」
「なんですか?」
「ほら、ここ。天野リリが映っています」
氷室が指摘した場所を名瀬は画面越しに覗き込む。なるほど、カメラの位置から遠くて見づらかったがたしかに天野リリであった。画面の中ではリリが他の少女の手を取って逃げだしたところが映し出されていた。
「友達と遊びに来ていたんですかね? 天野が今住んでいる場所からこのショッピングモールはさほど離れていませんし」
「かも、しれませんねぇ。ただ違うかもしれません」
「天野がこの事件を引き起こしたと?」
「そこまで言うつもりはありませんよぉ。ただこんな大事件に2回も巻き込まれている、これは何かしらの必然を感じますねぇ」
「…ただの偶然では?」
「…名瀬さぁん。世の中には単体の事象だけなら"偶然"で片付けて良いことでも、それが連続で起きれば"必然性"が生まれるんですよ」
「はあ…?」
名瀬は氷室が言いたいことがわかるようでわからず、なんとも気の抜けた返事をする。氷室はそんな名瀬の様子を見て、やれやれと言わんばかりの表情を見せると口を開く。
「例えば、そう。"落雷を3回直撃したけど生還した奇跡の男"、この前テレビでやっていたのをご存知ですか?」
「ええ、はい」
「ここで問題なのは、"3回も雷に撃たれた"ということではありません。なんで"3回も雷に撃たれてしまった"のか、という経緯なんです。その男は1度目は背の高い木の下で、2度目は指していた傘の骨が金属製だったから、3回目は雷雨の中を走って家に帰ろうとしたから、いずれも雷が直撃してもおかしくない条件が揃っていました。私が言いたいのは結果は"偶然"に見えたとて、偶然を引き起こす"必然性"があるということです」
「つまり、天野リリが2回も事件に関わっているのは何かしらの"必然性"があると言うことですか?」
「ええ。それを確かめに行って頂けませんか? 方法はお任せしますので」
「わかりました、天野を揺さぶってきます。幸いにたも私は天野から見たら児童福祉局の人間ですし、そちらから攻めてみます」
「お願いしますよぉ。あ、もし身の危険をかんじたらすぐにその場所から逃げてくださいよ、貴女は私の部下なんですから勝手に殉職されると困ります」
そう言うと氷室は白い歯を覗かせながらニコリと笑い掛ける。名瀬は頷くとその場をあとにした。
―――「確かに昨日、あのショッピングモールに居ました。友達と映画を観に行ったんです」
「なぜ、ショッピングモールの事件のあと警察に協力しなかったんですか?」
「えぇと…すみません。時間が取られるのが嫌だったんです。それにたいしたことも見てなかったんで、良いかなーって」
「ふぅん?」
名瀬はリリの顔を覗き込むが、リリの様子に動揺は見られなかったのだった。
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