第32話:不安と疑念と詰問と

(さて、どうするべきか)



 奏矢は必死に考える。破綻寸前、あるいは既に破綻してしまったかもしれないこの状況。どんな言い繕いをすれば、リリを納得させることが出来るか。"記憶がおかしい"とリリは言っていたものの、それがどの程度のものなのか奏矢には窺い知ることは出来ない。



(…今思いついた選択肢は3つ)



1."契約"のことも含めて、真実をリリへとつたえる。



2.さらに矛盾しない程度に嘘を重ねる。



3.うまいことを言ってすっとぼける。



(1はない。3もリリがどの程度記憶情報があるかわからない。なら、取れる選択肢は)




 奏矢はそこまで思案を一瞬で巡らせる。そして不安気なリリへと銀のスライムの体を揺らしながら向き直る。



「…ごめん、リリ。君に話していなかったことがあるんだ」



「えっ…?」



「君がショックを受けるかもって、言えなかったんだ」



 奏矢は押し殺して、わざと暗い口調でポツリポツリと話し始める。リリはその奏矢の様子にオドオドした表情を浮かべ始める。



「実はあの時、あの二宮女の子が魔法少女の素質があるって言ったのはうそだったんだ。君をあの時、安心させるためのね」



「どういう意味…?」



「…君は君自身の力をセーブしているんだ。君が本当に命の危機になったときに、限界を超えた力が引き出されてるんだよ。だからこそ、最初は怪人たちに反撃されたけど、なんとか倒せたでしょ?」



「…うん」



「それが君の秘められし力、というわけさ。よくあるでしょ、瀕死の状態から復活したらパワーアップって。ただ言うならそれはマラソンを全力疾走してるものだからね、体力は確実に削られるし、つかれのせいで記憶に影響がでてるのかもしれない」



「そう、なの?」





「そうだよ! …ただ、もっと早くに君に伝えるべきだったね。それだけは本当にごめん」




 とても納得のいった表情ではないリリであったが、かといって自身の"あやふやな記憶"を頼りに確実に反論する根拠もない。ただただリリの心の中にしこりのように言いようのない不安が募る。



「…私、奏矢ソーヤさんのことを本当に信じて良いのかわからないよ、だって納得がいかないよ。奏矢さんが言ってることが全部奏矢さんに都合が良すぎるもの」



(…まずい流れだな。だけどゴリ押すにしたってこの雰囲気じゃ)



 なんとも言えない空気が2人の間を漂う。

そしてなんとかこの空気を変えるべく、口を開こうとしたその瞬間。



ピンポーン。



「…? はーい」

 玄関のチャイムが鳴る。リリは立ち上がるとパンのかけらがついた口元を洗ってから薄く玄関扉を開ける。



「あっ…」



「こんにちは、天野さん。今、時間大丈夫かしら?」



 玄関に立っていたのは名瀬なせであった。小さな書類カバンを持ち、リリへと小さく手を振る。リリは一瞬扉を開けるのを躊躇したが、チェーンを外すと名瀬を部屋の中へと招き入れたのだった。

 

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