第17話:イタズラの報い

「はぁ、だっりー」



 3階の一番奥まった女子トイレの個室でスマートフォンをいじくり回しながら、二宮にのみやは悪態をついていた。ここの階は音楽室を除いてあとは準備室という名の物置部屋。しかもこの女子トイレは唯一他生徒が利用する音楽室から一番離れた場所に位置し、また薄暗く陰鬱な雰囲気を醸し出すこの場所にわざわざ近づこうとする物好きなど居なかった。

そして独占状態となったこのトイレで、教室を飛び出した二宮にのみやは時間を潰していた。



「うっぜーな、あのばばあ。ちょっと脚引っかけただけじゃん。あの天野とかいう転校生がちょっとトロかっただけじゃん。あー、ほんと不快」




 友人と『ラーインアプリ』でこの後、どこに遊びに行くか連絡する。

だが、相手は授業中で教師に監視でもされているのか、既読はついてもなかなか返信が来ない。遠くから聞こえる合唱の音以外は静かなこのトイレで二宮にのみやは既読のついた画面をイライラしながら見つめていると、上から水滴が降ってきて画面にそれが付着する。



「水漏れ……? えっ、なにこれ」



 画面についた水滴を指でのばす。その水滴は粘度があり、指で拭っても銀色が薄く広がるだけ。

画面に付着したその銀色に光る薄く広がったものを数度指で擦ったときに画面に再度、その銀の水滴が降ってくる。



ぽつ、ぽつ。



 画面にだけではない。二宮にのみやは頭部付近にも水滴が降ってきたのを感じる。

そしてゆっくりと上を見上げると、ちょうど真上から銀の液体が降ってくるところであった。



「え?」



 500mL程しかない銀の液体、それはリリから分離して保健室から通気口を通って二宮を探していた奏矢であった。

そしてちょうど真上を向いた二宮の顔面に取り付き、口の中へと入り込む。口の中に収まりきれなかった分は、二宮をまるで猿ぐつわするように口元から髪の掛かる首回りまでをぐるりと伸ばして拘束する。

突然のことで立ち上がろうとした二宮、だが分離した銀色の液体が脚に絡まり、腕にも細く伸びてロープの様にがんじがらめになる。二宮はうめき声に近い声ではあるが、必死に叫び声をあげるが誰も来ることはない。二宮はここで思い出す。普段誰も来ない場所だからこそ、ここでサボっていたのだと。



(よう、クソガキ。さっきは良くもやってくれたな。おっと暴れんなよ。首が真ぷったつになりたくなけりゃあな)



 二宮の頭の中に声が響く。

そしてうなじの辺りが真一文字に熱くなったかと思うと、そこに冷たい何かが入り込んでくる。



(ひぐっ、ひっ)



(冗談? 何が冗談だよ。笑えねぇよ、ああ?)



 二宮はがくがくと脚を震わせて、目には恐怖から涙が浮かぶ。えづき、まともに息を吸うことも出来ない。

だが奏矢はそんな二宮の様子を見ても拘束を緩めることも、口から離れることもなかった。



(謝れ。俺に。早く)



(ひぐっ、ひっ……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい)



(俺だけじゃねぇよ。今、保健室で気を失ってるリリにも謝れ)



(ひっ、ひうっ。謝りますがら……たすっ、殺さないでくだ、ざい)




 えづきながら、二宮は頭の中に響く声に頭の中で必死に謝罪する。その間にも身体に張り巡らされた拘束はぎちぎちと二宮の身体を締上げていき、骨が段々と悲鳴を上げていく。そしてうなじには熱と一方で直接脊髄を触られているかのような冷たさを感じていた。

ただただ謝罪を重ねていく二宮、たびたび”冗談”をして相手に謝罪を求められてもまともに対応したことのなかった二宮であったが、自身の命が懸かっているとなっては話は別。何が悪いのかを考えすらせずに必死に謝るのみ。奏矢は無言でただただ頭の中に響く謝罪を聞いていたが、ふと良いことを思いついたように謝罪を受け入れる。



(良いよ、”俺は”許してやるよ)



(ひぐっ、ひっ……ありがとう、ございます)



 ひとまずは殺されないことに安堵する二宮。二宮にとっては奏矢は理解を超えた怪物であり、何をされるのか不安と恐怖で心も身体も支配されていた。

その様子を窺いながら、奏矢は二宮に提案をする。



(じゃあ、その代わりお前には”犬”になってもらおうか)

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