第16話:イタズラな新天地

「初めまして、天野あまのリリと言います。前は埼玉県の南川越中学校で弓道の部活に入ってました」



 リリは担任の先生に連れられて、25人程度のクラス全員の前で自己紹介をする。リリの後ろには『天野リリ』と大きく書かれ、リリは緊張のあまり巣越すだけ声がうわずる。

元いた孤児院が焼け、新しい住居へと住処を移したリリは住居から一番近い中学校へと通うこととなった。元いた中学校の制服も、教科書もお気に入りの筆記用具も、全てが灰になってしまった。

そのためリリは新しく購入した学校指定のブレザーに袖を通し、手に持つ新品の鞄には一文字も書かれていないノートが詰め込まれていた。



「天野さんはご両親の都合で私たちのこの昭島東第2中学校に転入されました。皆さん、天野さんと仲良くしてくださいね」



(あそこのガキなんてもうピアスなんて空けてんのか。俺の中学の頃はピアス空けていた奴なんていたっけな? 最近の子供ってませてるなぁ)




 そろりと鞄の隙間から、銀色のスライムである奏矢がクラスの中の様子を見る。

己が認識されないとて、見つかるリスクは少ない方が良い。また、いつ陰謀団カバルの怪人が現れるかもしれない。そのため、奏矢はリリを強引に説得して学校にまで着いてきたのだ。だが鞄に詰め込まれ、揺らされ、時にはノートに押し潰されたのには、奏矢は初日早々嫌気が差していた。



(……あ、もうそろそろこの退屈な紹介の時間も終わるかな)



「では天野さん。空いてる席の、えぇと。二宮にのみやさんの隣、空いてるからそこに座ってくれるかしら」



「はい」



 担任はリリに空いている一番後ろの席を指さす。その後ろの席の隣には何か意味ありげにリリを見るあのピアス女、二宮が担任に声を掛けられたことに反応して無言で手をひらひらと動かす。

そしてリリが指定された席に着席しようと二宮の隣を通ろうとしたとき、突然二宮の脚が通路に伸びてリリの脚を引っかける。リリは突然のことに体勢を崩して二宮が着席する机の角へと思い切り頭をぶつけて倒れ、重くて鈍い音が辺りへと響く。



「えっ、天野さん!? 大丈夫!? 二宮さん、なんてことをするの!?」



「ちょっとした冗談でしょー。焦っててウケるだけど。天野だっけ、あんたとろすぎっしょ」



 そう言って二宮は床にうずくまるリリを笑いながら覗き込む。リリは床に受け身も取れずにうつ伏せに倒れていたが、額を押さえながら上半身だけを起こすと横目で二宮を威圧感のある視線で射貫く。角度的に顔を覗き込んでいる二宮しか見えないが、銀に染まった双鉾そうほこで怒りを隠さないで二宮を睨み付けていた。





「冗談、ね。本当に面白い冗談だ」




 いつの間にか鞄の中に居た奏矢はするりと、気を失ったリリの身体へと入り込んでいた。そして自分が周りに見えるように強く望む。

そして二宮だけに見えるように額を押さえた手をどけると、ぱくりと裂けた傷口が銀の膜に覆われて皮膚のように再生していくところであった。



「……えっ」



 二宮は尋常ではないものを見たという表情を浮かべる。見間違えにしては銀色の瞳も、裂けた額の傷口もはっきり見えすぎていた。

そして次に何かを言おうと口を開こうとするが、そこに担任が飛び込んで割り込んでくる。



「ちょっと二宮さん! 天野さんに何をするのっ!? 天野さん、すごい音したけど大丈夫っ!?」



「……わたしは大丈夫です、先生。ちょっとびっくりしてしまって」



 リリの身体へと入り込んだ奏矢は落ち着いて担任へと向き直り、答える。

ゆっくりと額に置いた手をどけると、先ほどまであった傷口は綺麗に痕を残さず消えていた。そしてその銀色に染まっていた瞳も通常の黒目となっていた。奏矢は担任の手を借りながら、ゆっくりと立ち上がると座る二宮を見下ろすように見る。



「二宮さん、なんてことをするのっ!? ほら、謝りなさいっ!!」



「……うっせーな、ババア。冗談だって言ってるじゃん。謝れば許してくれるわけ? なら謝るわ、ごめんねー。はい、謝ったけど?」




「流石に言い方があるでしょ!」



「先生、落ち着いてください。わたしは大丈夫ですから」



 奏矢は担任をなだめながら、二宮に冷たい視線を向ける。

その視線に二宮は少しだけ身を竦ませるが、自分の鞄を持つと席から立ち上がる。



「だっりぃーな、あたし、気分悪いから帰るわ」



「あ、ちょっと待ちなさい!」



「……あの先生。少し頭が痛いので保健室で横になっても?」



 如何にも不愉快そうに扉を開けて出て行く二宮を追いかけようとした担任のシャツの端を掴む。

担任は数回廊下に消える二宮とリリを交互に見ていたが、リリを保健室に連れて行くことのほうが優先だと考えたのであろう。残った生徒に指示を出すと、2年2組のクラスを出てリリの腕を支えながら保健室へと連れ立っていく。



(あのクソ女。舐めやがって。”冗談”だと? ごめんねーだと? ……いいよ、俺がこれからするのも”冗談”だ)



 奏矢は保健室に着いて横になるまで、リリの身体を傷つけた二宮について考えていた。

そしてベッドに横になったリリの身体から、するりと銀のスライムである奏矢が分離して音もなく床へと落下する。そして校内にいるであろう二宮を探して通気口へと入り込むのであった。


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