第18話:犬
(いや、”番犬”になれってことだ)
奏矢は二宮の頭の中で囁く。
暴漢などに襲われて人気のない裏路地に連れ込まれるならば、逆に返り討ちにする自信はあったもののこのように学校生活内で暴力やいじめなどに遭えば、寄生先であるリリの”心”の方がやられてしまう懸念があったのだ。それに奏矢自身ももしリリの身に何かがあれば、自分自身がどうなるのか皆目見当がつかなかった。”契約”が不履行になったことで、奏矢はリリから解放されるのか、あるいは道連れになるのか。そこまで試すことも出来ない今、不安材料を1つでも減らしたかったのだ。
(お前、クラスでだいたいイキッてるようなやつ分かるよな? お前はただリリに害を及ぼうそうとした奴をシメてくれれば良い、どんな手を使ってでもな。しかも他の奴らにはうまく見えないように、だ。分かるだろ? 転校したてのリリに悪い評判は立てたくないんだよ)
(はっ、はひっ)
一言一個、奏矢は噛みしめさせるようにそのことを二宮へと伝える。
二宮はただただ、顔を上下に動かすのみ。
(……もし、リリが学校で泣いてみろ。その次の瞬間にはお前の首が鉛筆の芯みたく折れて地面に転がるぞ、いいな。……ああ、良いことを教えてやる。リリは今、保健室で気を失ってるよ。謝りたいなら早くきな)
二宮はただただすすり泣いて、頭を上下に振るのみ。
そのことで満足した奏矢は、二宮の身体から剥がれると来た時と同じように天井の通気口へと銀の触手を伸ばして、その中へと消える。銀のスライムの奏矢が目の前から消えても、二宮は恐怖から声を押し殺してすすり泣いていた。暫くして、なんとか震える脚を動かしてトイレの個室から外へ出る。いつの間にか音楽の授業は終わっていたのか、辺りはシィンと静まりかえっていた。
「……謝らないと、殺されちゃう」
二宮はぐいと目を袖で拭う。
そしてふらふらと歩き、階段では手すりを掴んでなんとか階段を一歩ずつ降りていく。目指すは1階の保健室で気を失っているリリ、そしてあの”意味の分からない生き物”に強要された謝罪をするために脚を動かす。
「……天野、さん? いる……?」
二宮は保健室の扉をそっと開けて覗き込む。保健室の担当医は何かの用で出掛けてしまったのか気配はない。顔だけで保健室の様子を窺うが、意を決して中へと入る。そして奥のカーテンで仕切られたベッド向かうと、そのカーテンをゆっくりと開ける。
「あっ」
二宮はちょうど上半身を起こしてベッドから降りようとしたリリと目が合う。
咄嗟に二宮はリリの腕を持つと、身体を支えてやる。
「あー……あー」
「え? えぇと、誰?」
頭を押さえながらリリは二宮へと尋ねるが、二宮は口を閉じてしまう。
妙な間が2人の間に流れて目があったまま2人とも沈黙するが、その沈黙を破ったのは二宮であった。
「あー……あ、あたしは二宮
リリの手を取り、声を震わせて二宮はリリに心から謝罪をする。
その様子にリリは事態を飲み込めず、困惑しながらも答える。
「えぇと……だ、大丈夫だよ! 私、こう見えて弓道やってていっつも怪我をしてるから。その、怪我慣れしてるというか、えぇと、その。 ……気にしなくても、いいよ?」
リリは困惑しながらも二宮の謝罪を受け入れる。必死に、すがりつくような体勢で謝る二宮に対してリリは『そんなおおげさな』と考えていた。
リリは自己紹介を終えたあとの記憶が曖昧であったが、額が痛むところを見るとどうやら転んで気を失ったらしい、とぼんやりと考えていた。そして予想外の騒ぎになってしまったので二宮は自分にこのように謝りに来たのだろう、と痛む額を感じながら二宮の様子を見ていた。
「……あ。あたし、保健室の先生を呼んでくるよ。待ってて」
一通り謝罪を終えた二宮は『保健室の担当医』を連れてくる、という名目でこの場を離れていく。
その足早に保健室から出て行こうとする二宮のその様子を、排気口の隙間から奏矢は見ているのだった。
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