第11話:契約と嘘
--リリは病院のベッドの上で眠っていた。時刻は深夜の3時2分のこと。
その枕元にゆらりと銀色の液体のようなスライムとなった奏矢が、リリを覗き込んでいた。
(……意味が分からない)
奏矢は自分の意志とは無関係に人の目に触れる危険性を無視してまでリリについてきてしまったことに不可解さを覚えていた。
もっとも数回ほど確実に人に見られていたにも関わらず、誰にも奏矢に対して反応を示さなかったのだが。ぺちぺちと奏矢はそのひんやりとした身体でリリの頬を軽く叩く。数回ほどぴたぴたとひんやりした身体で頬にぶつかると、リリは目を覚ます。
「んん……?」
リリはゆっくりと目を覚ますと、目の前にいる物体に目を凝らす。
少し間を置いて暗闇に目が慣れてきたリリが目の前のそれが見たこともない物体であることに気がつき、叫ぼうとするのを奏矢は身体を伸ばして口を塞ぐ。
「ちょっと、落ち着いて。ね?」
「んんんーっ!」
リリは奏矢を引き剥がそうと必死になるが、口から銀のスライムである奏矢が離れることはない。
暴れるリリを諭すように、あえて優しげな声を出してリリを落ち着かせようとする。
「落ち着いて、落ち着いて。ねぇ、リリ。ここに来る前のことを覚えているかい?」
「んんー! ……ん?」
リリはそこでようやく気がつく。『なんで自分はこんな所に居るんだろう?』、薄明かりの中でもわかる清潔な真っ白なベッドを覆うカーテン、つんと鼻につく薬品臭、そして枕元にはナースを呼び出すボタン”ナースコール”が置いてあった。
そして暴れた時に誰も来なかったのは、半分ほど開けたカーテンから見えたのは自分が今、個室に居るということであった。
「落ち着いた? なら口から外すよ」
「ぷはっ! ……えぇと?」
「そうだね。まず、君と契約のことなんだけど」
奏矢はあることを確認したいがために質問する。それはリリと交わした”契約”のこと、簡単に言えばリリの身体を貰う代わりに、あの犬型怪人に対抗する力を与えたこと。
だが現状としてリリは奏矢に身体を渡してない”契約不成立”の状態、そして奏矢自身が自分の意志に反してリリに人目につくことも構わずにずっとついてきたことも違和感に拍車を掛けていた。
「けい、やく……?」
リリは不思議そうな表情を浮かべる。
そこで奏矢はさらに違和感を覚える。そして一拍を置いてリリは何かを思い出したようにハッとした表情を浮かべる。
「……そうだ、私……園長先生と会って、院も燃えちゃって、怖い人が襲ってきて。それから……頭の中に言葉が響いてきて、願いを叶えてあげるって。だから私はあのひと”たち”に仕返しをしたいって思って。それから……それから……何か力が、すごい出て……。 ……でもなにか忘れてるような」
(おっと……?)
奏矢はそこで気がつく。リリは不思議と”契約内容”があやふやになっていることに。だが、願い事はしっかりと覚えている。そう言えば”誰”に仕返しをしたいかまでは聞き届けていなかった。
そして何故己がこの状況に陥ってしまったのか理解出来た。あのひと”たち”、つまり仕返し対象があの
(……そういえばあの
だが。ある意味では奏矢にとってはまだ都合の良い状態ではあった。
それはリリが”契約内容”についてよく覚えていないことだった。ならばまだやるようがある。
「君の力が必要だったんだよ。そう、君には”素質”があったんだ。君を襲ったあの怪人を改造、いや君が園長先生と呼んでいたひとも改造した悪の組織を打ち倒す力の”素質”がね」
「素質……?」
「そう、君があの怪人と戦う力を得られたのは俺……いやボクと契約したからさ。だから君は魔法のような強さを手に入れただろう?」
「……うん」
「君は魔法のような強さを手に入れた”魔法少女”になったんだ。それでボクは君と一心同体のような使い魔ってわけさ」
カバーストーリー。奏矢は知っている事実と嘘を織り交ぜた物語をリリへと聞かせる。
今居るこの世界とは別の次元からやってきて世界制服を狙い、人を傷つけ混乱させ、破滅を誘う、そんな邪悪な秘密組織。その組織の名は
「……どうだい? (……まあ、攫われた人間を改造してるってことと組織の名前以外は今俺が考えたことなんだがな)」
「……わかった。私が戦わないと、駄目なんでしょ。私、頑張ってあのひとたちと戦うよ」
「よかった。とりあえず今は疲れているだろうし、今はやす」
奏矢がそう言いかけたときに、突如として個室にライトの明かりが差し込まれる。そして中途半端に空いたカーテンの隙間から看護婦が中を覗いてくる。
リリは上半身をベッドの上で起こし、奏矢は膝に乗っている状態、まず通常ならば銀色のスライムのような物体に目を惹かれ、かつ大騒ぎすることだろう。だが、リリにライトを当てていた看護婦は奏矢のことなど気にも止めず、リリに声を掛ける。
「ちょっと天野さん? 今は寝る時間ですよ? 携帯電話でお喋りでもしていたんですか?」
「いえ、そういうわけじゃ……。あっ、そういえば私が居た孤児院のみんなってどうなったか知っていますか?」
リリは孤児院の友人の顔を思い出しながら看護婦に疑問をぶつける。
先ほどまで厳しい表情を浮かべていた看護婦は少しだけ考えると、ぴしゃりと話を断つように通った声でリリへと喋りかける。
「……もう遅いから早く寝なさい。携帯持っていたことは婦長には黙っておいて上げるから。次からは病院内で通話出来る場所教えてあげるから」
そう言って看護婦は奏矢に何の反応も示さずに出て行く。
リリは看護婦の足音が遠くなっていくのを確認してから、薄い夏掛けを頭から被ってひそひそ声で奏矢と喋る。
「……なんで看護婦さんはあなたを見て反応しなかったんだろう。」
「なんでかボクは普通の人には認識されないみたい」
「あれ、というかあなたの名前聞いたっけ?」
「
咄嗟に自分の名前をそのまま言ってしまう。
あっと思ったがもう遅い。リリは笑顔で奏矢の身体を掴むと握手する。
「よろしくね、ソーヤさん! ……明日になったらちゃんと看護婦さんにみんなのこと教えてもらわなきゃね。おやすみなさい」
「……ああ、うん。よろしくね」
そういってすぐに寝入ったリリを見てから、念のため奏矢も身を隠して辺りを警戒するのであった。
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