第2話 棄てられたもの同士

 臭い、ヘドロの底。”ダストボックス”と呼ばれたゴミ溜の中で銀に光る液体が丸まっていた。

真っ暗な、小さな空間で奏矢だったものは身動き1つできず、生ゴミやメスや注射器、何かの死体などがごちゃごちゃと腐った水の中に沈んでいた。



(……お、れ)



 銀のスライムと化した奏矢。

自分の意志で動くことは出来ず出来ず、ゴミの間を漂うばかりであった。真っ暗なその空間に突如、光が差し込まれる。その光の元は天井部につけられたごみを捨てるためのダストシュートの蓋であった。そしてそこから真っ黒な人型、戦闘員シャドウと呼ばれたものが降ってくる。



バシャンッ。



 汚水に水が大きく跳ねて、波紋を作る。そしてダストシュートの蓋が閉められて、差し込んでいた光が消え失せる。

再び真っ暗となったゴミための中、ぷかぷかと戦闘員シャドウは汚水に浮かぶ。所々深い切り傷が身体に刻まれて、見るも無惨な状態であった。



(あ、れ……?)



 奏矢の銀の身体がゆっくりと水の中を動き、そして触手のように身体を伸ばす。

まるで明かりに引き寄せられる蛾のように、銀の触手は戦闘員シャドウの身体へと触れる。その瞬間にまだ息があったのか、びくりと戦闘員シャドウの身体が跳ねる。



『……か、えり、たい』



(……?)



 奏矢が戦闘員シャドウに触れた箇所から、戦闘員シャドウの考えが頭の中に流れ込んでくる。今にも死にそうな相手の『帰りたい』という気持ち、それが理解出来たときに相手へと自然に問いかける。



(帰りたい? どこに?)



『い……え。いえに、帰り、たい』



(願い事を叶えて欲しいか?)



 奏矢が考えてもいないことが、不思議と浮かび上がる。

それが当たり前のことのように”願い事を叶える”と引き替えに、相手に”要求”をする。



(願い事を叶えて、やる。だけど、その代わり)



『……あ、あ?』



(その代わり、お前の身体を、よこせ)



『……あ……ア』



(さあ、願え!)



 コクンと戦闘員シャドウゆっくりと肯定するように頷く。奏矢自身にも分からなかったが、動揺している心とは裏腹に言葉を紡ぐ口と身体が一気に動き出す。

奏矢の銀のスライムと化した身体が戦闘員シャドウの傷口へと触れる。次の瞬間にはその傷口の中から戦闘員シャドウの体内へと入り込む。皮膚の下で蠢く銀色のスライムが体内で暴れて、汚水が大きく跳ねる。時間にしたら数十秒後、水面は静かになっていた。そして静かなその水面で痛々しい切り傷が銀の膜に覆われてて”修復”された戦闘員シャドウが、じっと己が落とされたダストシュートの入り口を見上げていた。



「……かえ、る。うちに、帰る」



 そう小さく呟く。

そして漆黒の背中から銀色の翼を生やすと、外へ出るために一気に羽ばたくのであった。

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