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柳内君の失踪と前後して、ひとつの一大プロジェクトが立ち上がった。
地球を三十六分割して、各地域に一機の衛星からありとあらゆる情報を集積するという大規模な衛星計画。そして、集積された様々な情報を分析するための量子コンピュータ『那由他』の発表。地球規模の気候変動や災害予測から、蟻の数まで。マクロとミクロを股にかけ、まさに地球の全てを掌握せんとするプロジェクトの発足。
プロジェクトは名は『思兼』。全世界で初の、機械演算による予言機構の設立。
記者会見の質疑応答では、意図的に外されたのか分からないが、人を監視するためのシステムではないか、との意見がSNS上では優勢だった。
『那由他』の性能は、現時点で開発された世界一位のスーパーコンピュータの数乗の計算能力と噂されており、打ち上げられた衛星の精度も建物を貫通して調査出来ることはもちろん、地殻の動きまで把握できるなどと噂されていた。流言飛語に尾ひれが付き、世界は新たな怪物の誕生を戦々恐々として、続報を待つしかなかった。
この一国家、あるいは世界規模のプロジェクトは、いくつかの日本の大学と企業によって進められていたことも驚くべきことだ。しかも、発表した時には、すでに予言機構はほぼ完成状態に置かれていた。
数日後、全世界同時中継で、『思兼』によるデモンストレーションが行われた。つまり、予言が行われたのだ。
その時の発表役のコンパニオンを務めたのが、『HIMIKO』であった。彼女をプロデュースしている企業が『思兼』のスポンサーのひとつであり、実は彼女の複製脳を作成したのは量子コンピュータの『那由他』であるという繋がりがあったのだ。それに予言は巫女の専売特許。これほど適任な人選もない。もともと有名であった彼女が、さらに界隈を飛び越えて名が知れ渡るきっかけとなったのが、この予言のデモンストレーションである。
「来春、新種のウィルスが世界中に飛散し、パンデミックが発生します」
彼女は全世界にそう発信した。
世界滅亡の台詞を、最新鋭の機器が弾きだした。直後、世界中で批判が吹き荒れた。中には生物兵器を使った戦争の予告だとするものもいた。文字通り蜂の巣をつついたような騒ぎが起き、その後の彼女の配信も大いに荒れ狂った。
どこから発生するのか、どのようなウィルスなのか。詳しい説明は一般には公表されず、人々は疑心と恐怖の狭間で数か月過ごすことになった。そして、12月中旬。中国武漢にて新型のコロナウィルスによるパンデミックが発生。世界各地に飛散を始めたことが報道され、世界は震撼した。
予言が本当になったのだ。そして、予言の詳細な予告を受けていたにも関わらず、信憑性を疑問視していた政府は対応が後手に回ることになった。
しかし、ここでひとつ予言の効果が現れる。『思兼』の意図的な情報漏えいにより、大した被害を出すこともなく封じ込めに至ったのだ。後手に回ったにも関わらず、中国を抜けた感染者は少数で、感染者が空港を出ることもなかった。
どれも情報の早さが鍵となった。新型ウィルスの報道が全世界でなされたのは、まだ武漢に患者が出る前だったともいわれている。12月頭には各国での報道が行われ、海外渡航者への警戒は、12月中旬、丁度武漢で感染拡大が起きたときには空港検査が実施されていた。
情報のタイミングが早過ぎる。新型ウィルスは世界的な拡大前に、ひと月ほどで終息することになった。パンデミックには至らなかった。
世界は『思兼』と『HIMIKO』を認めざるを得なくなった。予言は当たる。たったひとつの事実が、世界を180度転換させた。
「私は人々を導き、苦しみから救いたいのです」
彼女は年初めの配信で、そう抱負を口にした。
『HIMIKO』によるお告げ、という形での予言システムの活用。世界的な規模での大災害はもちろんの事、長期的な将来に災いを招く可能性のある環境破壊のターニングポイント、技術的な臨界点を防ぐことは言うに及ばず、個人レベルでの災禍や幸運を予言する力。全ての人類を救済する、本物の救世主だと崇め奉る連中まで現れる。事実、三大宗教のなかにも、彼女を救世主と認める派閥が産まれつつあった。
そうして産まれたのが、彼女の人気企画である「お悩み相談!」である。
量子コンピュータの並列処理を駆使して、多くの視聴者と、同時かつ個別に一対一の対話を行うというものである。アイドルと個別に通話できるという企画は、従来のリアルアイドルの握手会に似たものがあった。握手会よりもより深く接することができる対話、それに人生の指針を得ることができる予言。同時接続人数1000人という定員に対し、抽選は白熱した。そのころには彼女の配信には、毎度億を超える人数が世界中から集まるようになっていた。数億分の1000人。
ぼくはその宝くじのような競争率に一度だけ通り、彼女との直接の通話したことがある。ファンの間では骨伝道イヤフォンをつけると、脳内に直接言葉がささやかれているようで、より雰囲気を楽しめるとの触れ込みだった。
ぼくもその言葉に従い、骨伝道イヤフォンを装着して、通話に臨んだ。
実は通話アプリのフェイスタイムを使えば、彼女の顔を見ながら通話をすることも可能だったが、雰囲気を味わうためにあえて会話のみに集中することにした。
「こん巫女! ヒミコだよ! 今日は私とお喋りしてくれて、ありがとう! お名前は……サッチャさん? でいいのかな?」
坂本茶一でサッチャ、ぼくのハンドルネームである。某国の政治家とはなんの関係もない。
「はい、サッチャです。よろしくお願いします」
「うん! 私のことは好きに呼んでね? それじゃあ、早速だけど、サッチャさんのお悩みを聞かせてもらえるかな?」
元気な声色からは、いつかの柳内君が懸念していたような陰りは感じられない。人々を導くという巫女の本業にもどったからか、他人を助けているという充実感からか、溌剌とした声は本物に思えた。
「あの、悩みではなくて、ヒミコさんへ聞いてみたいことがあるのですが、それでも大丈夫ですか?」
「サッチャさんは私に興味があるんだね、いいよ。そういうのも大歓迎です! 私のプライベートを知りたがるひとは多いから。私もみんなに私のことを知ってほしいかなって、思っているんだ」
ぼくは唇を湿らせ、一拍開ける。まだすこし躊躇っているのだ。彼女を人間と認めた上で、どこまで内心に踏み込んでいいのか、という点を。彼女が待ちくたびれる前に、ぼくは口を開く。
「率直な質問なんですけど、日本人、日本をどう思いますか? 邪馬台国を滅ぼしたヤマト王権の後継国家である日本……例えば、邪馬台国を復興させたい、だとか」
ずっと疑問に思っていたが、彼女の墓は埋められた上に、その存在を貶めるように大仙古墳が作られていた。わが身の事ならば、決していい気分ではないはずだ。我々にとっては太古のことでも、彼女にとってはつい先日の話だ。感情の整理がついているのか、ついていないのならば、それをぼくらは受け止めなければならないような、変な義務感を持っていたのだ。
「日本の方は優しいです。この話をしてきたのは、あなたで35人目です。いつか配信できっちりとお話しなければいけないかもしれませんね」
彼女は湿り気など微塵もない、その名の通り陽だまりのような笑みを零した。
「歴史的なお話をすると、ヤマト王権も邪馬台国を含む連合国のひとつです。宗主国が代わっただけなので、日本と邪馬台国は繋がっていると私は思います。権力を示すために、私のお墓が埋められたことについては気にしていません。私が死んだ後のことですから」
その声色には何か含んだところはなく、本心を語っているように思われた。
「私は巫女として、生前も、今も、願っていることは、そこに暮らす人々の安寧と豊かな生活です。私は確かに女王として、国を負って立つ身でした。王とはいっても、有力者の言いなりで、ただのお人形さんだったわけですけれど……私の願いは人々の幸せです。そこに国の違いはありません。私は国を守りたかったわけではなく、人を守りたかったのですから。だから、サッチャさんの心配するようなことはありません。はい!」
彼女は明るく言い切った。
「心からひとを愛しているのですね」
「はい! だから、サッチャさんのことも、応援させてください! それがアイドルとして蘇った私の意味だと思いますから!」
彼女に本気で恋する、いわゆる「ガチ恋」勢が多数存在するのも頷ける。ガチ恋を通り越した、神聖視する輩も存在するほどだ。ぼくとしては神々しさよりも、親近感を覚えた。若作りしたモデルの影響もあるが、学校の後輩のような、一生懸命さを感じる。
「『思兼』の予言も、そのためですか? 企業や研究所との絡みもあるでしょうが、自分から志願したと聞きました」
「生前の私には、人々を導いていけるほどの力はありませんでした。ちょっとした力を使えても、所詮はまやかし。ちょっぴりひとを驚かせる、子供だましでした。あの時代はそれでも十分だったのですが、誰かのお腹を満たしたり、天災や病魔から守ることはできませんでした。『思兼』は、あの頃の、死ぬまで私が抱えていた悩みを解決する光なのです」
彼女の信念に満ちた言葉は、これからも多くの人を救い続けるだろう。そして、言葉だけでも、気持ちだけでもなく、『思兼』には紛れもなく人類を救う力がある。
「私がみなさんを救います!」
ぼくは彼女に好意を抱く半面、空恐ろしさを感じた。しかし、この時のぼくには、予感を形にするだけの具体性を持っていなかった。それは柳内君が口にした不安の影を濃くしていった。
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