芸都不明怪談『罅』

澄岡京樹

芸都不明怪談『罅』



 あれは五年前の八月、僕が大学二年生の時でした。僕はその日、所属していた文芸サークルの友人二人と一緒に、大学のある雷桜らいおう県の海沿いにある(日本海のあたりです)トンネルまでやってきていました。発端としては『大学周辺の観光スポット巡り』の本を書こう……とかそんな感じだったと思います。だったのですがいつの間にやら仄暗い方面に話が進み、気づけば『雷桜県の心霊スポット巡り』の本を書く流れになっていた——そういう事の運びだったように記憶しています。

 僕はそんなに乗り気ではなかったのですが、友人の神崎と崎下(共に男)は「早く行こうぜ」とテンション高めでした。当時の僕はその場の空気に従いがちだったので、渋々ながらも心霊スポット巡りに付き合うことにしました。


 それで、辿り着いたのが先述のトンネル——【二崎ふたつざきトンネル】でした。二崎トンネルは山を切り拓いたコンクリート道路のカーブ先にあるトンネルです。なぜかガードレールもなく(おかげで海はとても見やすいですが)、立地的に事故が多いのかと思っていましたがどうも違うようでした。そのトンネルにまつわる話はノリノリの神崎が調べてきていました。どうにもここでは妙な音が聴こえるだとか平衡感覚がおかしくなるだとか、そういうエピソードがあるようなのです。幸い死人が出たとかはないようです。心霊スポット巡り第一弾なこともあってか二人とも比較的無難なチョイスにしてくれていたようです。


 それはそれとして、神崎はその上でだいぶ事前リサーチを行なったようです。すると色々と興味深いことがわかったと言い、それをぽつりぽつりと話し始めました。


「このトンネル、名前を見たらわかるが『二』つの『崎』という文字が書かれている。これはここの土地名でもある。そして土地ってのはなんらかのメッセージを含んだ名称になることもある」

「それがなんなんだよ神崎」

 崎下は早く本題を話せという圧を込めながら神崎に言葉を投げました。いつものやりとりです。崎下はこの後驚きます。いつものことです。

「そしてこの道にも名前がある。それが【界上かいじょう峠】だ」

「それでなんなんだよ神崎」

「まあ待て」

 神崎は掌サイズのメモ帳に峠の名前を書きました。二つ書きました。一つは【界上峠】。そしてもう一つは——

「「【解錠峠】……?」

 僕たちの声に神崎は「昔の表記だ」と返しました。


「……思うに、ここには何かが『施錠』されているんじゃないか?」

「施錠!? なんだよそれェ!!?」

 崎下はもう既に取り乱しています。彼は怖がりなのです。

 それでも神崎は遠慮なく続きを述べます。

「だが解錠するには鍵が必要だ。で、この辺りは昔から二崎という名で呼ばれている。これはおそらくそのキーワードだ。そして——」

 神崎はそう言いながら彼自身と崎下とを指差しながら「たぶん俺たちが鍵だ」と言いました。すると崎下は叫びました。


「アッ、アァッ……俺らの名字……『崎』……それが『鍵』ってコトなのかよ……ッ!?」

 崎下の怯えた声に、神崎は淡々と「ああ」と答え、

「もっと言うと、この土地における『崎』という言葉に関しても……本来は別の漢字が使われていたかもしれないな」

 そう言いながら神崎は崎下の腕を掴んでトンネルの中に入っていきました。

 僕は驚きました。神崎はたしかに多少強引なところのあるやつですが、それはあくまで発言のみであってここまであからさまに行動面で強行なところは初めてだったのです。それは崎下も初体験だったようで、彼はかなり怯えた様子で涙目になりながら神崎に引っ張られていました。


「オイオイ神崎どうしたんだよォ」

「来たらわかる」

「何がわかるんだよォ!」

「俺はもうわかった。腕にひびが浮かぶと思うがそういうものだ。ちゃんと腕は動く」

「は? ……は?」


 そう言って二人はトンネルの中に入って行きました。僕は正直今すぐ逃げ出したい気持ちでいっぱいでした。ですがここで逃げたら翌日二人になんと言われるかわからないので泣く泣く残りました。とりあえずここにいれば『何かあった時のために待機していた』という言い訳が立つからです。でもその言葉を言う相手が——


「——じゃあ杉浦くんは外にいたってことなんだね?」

「——はい、そういうことになります」


 その言葉を言う相手が、よくわからない地元の偉い人になるとは思っていなかったし、神崎や崎下とそのまま疎遠になるとは思いませんでした。


 トンネルは封鎖されました。



芸都不明怪談『罅』、了。

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芸都不明怪談『罅』 澄岡京樹 @TapiokanotC

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