第75話 75 勇者と皇女のおでかけ 2
「それでは、お洋服は出来上がり次第お送りさせていただきます」
深々と頭を下げる店員にローランは恐縮する。
お礼という事で代金はアイリスの懐から出ているのであるが、店員はローランにも深々と感謝をのべる。
結局、ローランがタキシードか燕尾服かで迷っているとアイリスより、
「私の王位継承の儀式の際は、ローラン様にも出席していただきたく思っております。そうなると、タキシードでは少々控えめ過ぎますね」
と、燕尾服を。
材質で迷っていると、
「ユニコーンの立髪を織り込んだこちらにしましょう。汚れにくさは勿論のこと、角度によって光沢が通る高貴さはやはり一角馬が一番です」
と、一番高額の物を。
真剣に選んでみようと決意した直後であったが、こうもスラスラ選ばれると、ローランは意見を言う隙をつけなかった。
いつの間にか、青スライムの粘液で撥水加工されたコートも伝票に入っており、結局ローランが決めた物は一つも無かった。
燕尾服もコートも二週間ほどで出来上がり、魔法学校の寮まで届けてくれるらしい。
皇女を相手にしているからというわけではなく、通常のサービスということなので流石は高級アパレルショップだとローランは感心する。
冒険者ギルドであれば、展示品をそのまま投げつけられるだろう。
深々と頭を下げて見送る店員を背に、アイリスが次のお店を予約していると歩みを進める。
アイリスはご機嫌の様で、鼻歌混じりに前を歩く。
もうすぐ、お昼時という時刻であった。
――――――
通行人はその通りの鏡のようである。
先程は品のある洋服を纏った通行人が多かったが、次にアイリスが向かった通りには若い女性やカップルが多かった。
砂糖やチョコレートを溶かした匂いや、バニラエッセンスなどの香料の匂いが鼻をくすぐる。
スイーツ専門店が多く立ち並ぶ通りに出てきた。
その中でも、ガラスを多く使い派手なショーウィンドウが設けられたスイーツ専門店で足を止める。
ピンクや黄色など明るい色が多く使われている他の店舗とは違い、黒色や灰色を基調とした店舗であった。
一際目を引くのはショーウィンドウから見えるスイーツの調理風景であった。
生地のついた棒を回転させて加熱している。
焼き上がると、それを包む様に再び生地をつけてまた加熱を繰り返している。
アイリスは『バウムクーヘン』だと教えてくれたが、ローランは見た事のない食べ物であった。
中に入っていくと、ここもまたアイリスが事前に予約していたようで奥の個室へと案内される。
「ここも帝国発祥のお店です。私の子供の頃はここのお菓子を沢山食べました」
懐かしそうにメニュー表に目を通しながらアイリスが笑う。アイリスにとって縁のあるお店なのだろう。
それぞれに注文を済ませる。アイリスはチーズケーキ、ローランは先程見たバウムクーヘンを注文する。
スイーツ自体あまり食べないローランにとって、こう言ったお店は新鮮であった。
店主より、東の国チャーナ共和国より高級な紅茶が届いたとお話がありそれを頼んだ。
「東国チャーナ共和国」大陸の端にある大国だ。海に面しており、海と大陸に多くの資源を保有し、それを輸出する事で発展を遂げてきた。
チャーナ共和国とウォルフォード魔法国は大きな交易路で繋がっていた。
その為、チャーナ産の特産物が定期的に届けられるのだ。
「西に居ながら東の味わいを楽しめる。魔法国は本当に素晴らしい国だと思います」
アイリスはにこりと笑う。
ただ、それは先程までの笑顔とは違い、少し陰りを見せている。
「その代わり人の出入りも激しい。人同士の衝突も多いぞ?」
「それが素晴らしいことなのです。衝突があったからこそ、理解や工夫、努力があるのです。無ければ、発展は無かったでしょう」
それは、魔法国の縮図とも言える魔法学校の生徒会長を務めだからこそ分かることなのだろう。多種多様の出身、身分、種族の中で手を取り合う。
アイリスが主催するイベントでは一人の学生、役員として成功に向かって努力する。
夏祭りの開催に奔走したローランだからこそわかる。
その時彼の横にいたのはルーガルーという獣族の娘だ。
人族が中心の魔法国であっても、誰も彼女を邪険には扱わず、手を取り合っていた。
多様性を重んじる魔法国の魔法学校をアイリスはとても好んでいた。
「そう言えば、アイリスは帝国の王位を継承するのか?」
「ふふ、そのつもりです。ただ、今のままでは兄が継ぐでしょう。私の継承権は第三位、上二人を潰さなければなりません」
皇女にしては荒々しい言葉で微笑み話す。
宰相ゲルトが側近につく兄ハートヴィッヒ王子。
彼がアイリスの最大の敵になる。厄介なのはやはり、ゲルトである。
日々刺客を差し向け、アイリスの命を狙っている。
これは、兄妹の中でも身分の低いアイリスを警戒しているのだろう。
『希望』と意味する花言葉を持つ皇女の才能を。
「ローラン様、帝国の定義とは何か分かりますか?」
それは、彼女の信念の定義であった。
「帝国というのは多くの種族を飲み込み、拡大、発展を遂げた国をいいます。限られた民族で構成される王国や同じ志を持った民で構成される共和国とは違い、種族間の繋がりが薄情です」
王族という選ばれた家系が治める王国。
国民が決めた大統領が治める共和国。
侵略、征服で領土を広げ、その種族を飲み込み発展する帝国は多様性を必要とする一方、征服した側、された側という差別も生まれやすい。
国として求められる国民の幸福度が他に比べて著しく低い。
「その為、常に
――――私はそれを変えたい」
それがアイリスの信念。
ローランは強い信念をもつアイリスの目をじっと見る。
その目は、前世のとある人物に似ていた。
自身の仕えた大帝の不仲の弟、その男によく似ていた。
「私は必ず、アンデルセン帝国を奪ってみせます」
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