第74話 74 勇者と皇女のおでかけ 1

 ハロウィンから数週間経った。

 結局、リリスはアイリスの護衛をしている。

 帝国からの刺客もアイリスを訪ねてきているらしいが、元魔王軍幹部のリリスにより丁重にお相手されているらしい。色んな意味で。


 アイリスにとっては久々に落ち着ける時期が来た様で、ある日のお返しがしたいとローランと街に出たいと申し出てきた。

 ローランは特に断る理由もないため、そのお誘いを二つ返事で受けた。


 今は街へと続く魔法学校の校門。寮を出るくらいの時にはシャロやルナの気配を感じたが、リリスの素早い気配が通り過ぎたと思うと、二人の気配も遠のいていった。

 恐らく、また魅了で操られていったのだろう。


 リリスもアイリスには従順で、アイリスが人払いをお願いすると、こうやって人を遠ざけている。

 悪魔使いの皇女である。恐ろしい。


「お待たせ致しました、ローラン様」


 目立つ亜麻色の長い髪を結び、つばの広い帽子を被っている。レンズのないメガネを掛けており、変装のつもりなのだろうが、皇女というオーラは隠しきれていない気がする。

 ただ、服装は栗色のワンピースと秋を思わせるものであるが、デザインは控えめで庶民的なものを着ている。


 遠目から見ると文化系の大人しい令嬢といった雰囲気である。

 

 トコトコと小走りでアイリスは駆け寄り、にこりと笑う。

 周りに生徒がいなくて良かったとローランは思った。

 気づいた奴がいれば、ローランは必ず恨まれる。

 まぁ、それもリリスの働きで誰もいないのだが。

 魔王軍幹部、万能過ぎないか?


「いや、俺も今来たところだ」

「あら、ローラン様。それはデートの常套文句ですよ、そんな事言われると照れてしまいます」


 自然な笑いを見せる。

 出会ってからこれまで見せたことの無い笑顔でローランもどきりとする。

 いつもはもっと周りを警戒している様であるのだが、これが彼女の自然体なのだろう。


「それじゃあ行きましょう。幾つかお店を予約しておりますので」

「幾つかって、どれだけ連れ回す気だ?」

「お礼なんですから、たくさん連れ回しますよ」

「どっちのお礼なんだ?」


 ふふふと笑うアイリス。

 見た目は大人しめであるが、中身は変わっていない様だ。

 

「お手柔らかに頼む」

「承知しました」


――――――――


 流石に街中の人払いは出来ないようで、街は活気に溢れていた。

 魔法国騎士団も巡回しているようで、これだけ人目があると帝国からの刺客もアイリスを襲えない。

 物陰には全て『リリスの目』の様に蝙蝠の使い魔を忍ばせている。

 

 ここまで露骨に警戒を見せているのは、恐らくベルゼがアイリスを狙っている可能性があれば、リリスが居るぞと示しているのだろう。

 彼女は彼女なりにベルゼの扱い方を知っている様だ。


「なんで服屋なんだ?」

「定番過ぎましたか?」


 アイリスに着いていくと、沢山のアパレルショップが立ち並ぶ通りへ出てきた。

 街に出れば冒険者ギルド、服を買おうと思えば冒険者ギルド内の防具屋で済ませていたローランである。

 こんな通り、通ったこともないし、存在すら知らない。

 

 辺りを歩いている人の格好が、一段と上品になった気配を感じる。

 ここは所謂、ブランド通りであった。


「予約しているって……」

「はい、ローラン様のお洋服を仕立てさせていただきます」


 悲鳴をあげるローランをよそに、アイリスが店内に押し込む。

 抵抗しようとするが、ローランと目線が合う建物の隅からリリスが顔を覗かせている。

 その目は「暴れたら殺す」と訴えている。

 頑丈な体を持つローランであるが、精神攻撃が得意なリリスは唯一の弱点だ。

 奴が本気でローランを殺そうとする事は可能である。


 過去に理性を奪われたことあるし。


 ローランは、大人しく店に入ることにした。


「お待ちしておりました」


 流石は一流ブランドショップ。エントランスに店員が待っており、入るなり挨拶をしてくれる。

 冒険者ギルドのリリアンなら「やぁ、筋肉ダルマ」である。


「お久しぶりです」


 アイリスは店員に対して眼鏡を外し、その顔を曝け出す。

 店員は声の段階で察した様で、深々と頭を下げた。


「ここは、アンデルセン帝国に本店を持つ有名なお店なんです。帝国の最先端を扱っておりますから、ローラン様に合うものが必ず有りますわ」

「必ずって……」

「必ず、ですわよね?」

「必ずでございます、皇女様」


 ノーとは言えない店員。少し冷や汗をかいているように見えるが、接客中に倒れないでおくれよ。

 そう言うわけで、店の奥、VIPルームらしきところへ連れてこられる。

 ローランは採寸係の男性店員に囲まれてしまい、身体中を測られる。


 アイリスはその間、他の店員が持ってきた男性向けの服を眺めている。


「ローラン様は正礼服はお持ちで?」

「え?あ、あぁ、何故かシャロが勝手に用意してたのがあったな」


 それはルナとライラの三人で夏祭りを成功させるべく商工会議所を訪れた時だ。

 何故か用意されていたモーニングコートがクローゼットにまだ残っていたはず。 


「あのモーニングコートですね、ライラから聞いております。となると、夜間用はお持ちでないのですね」


 そう言って、タキシードや燕尾服の並ぶ棚に目を通す。

 一式を揃えてくれている様で、どれも生地がしっかりしており、高そうである。


「使用は冬ですので、コートもお願いします」

「承知致しました。因みに、どちらでご使用なさいますか?」

「学校の行事です。来月の末に予定しております」


 それは、魔王とアイリスが計画しているクリスマスパーティーである。

 

「ローラン様をカッコよく変身させてあげますわ」


 採寸の終わったローランにテールコートやタキシードが投げ込まれる。

 試着しろと言う意味なのだろう。

 流れる様に店員がパーテーションで簡易的な試着室を構成する。

 

 それぞれ一式を手に取ってみる。

 どれも手触りが良く、高級感がある。


「こんなに良いものでなくていいんだが」

「あら、私と関わった以上、上等な物を着てもらわなくては困ります。それに、今ローラン様は生徒会長の召喚主という立場をお忘れにならないよう」


 魔王の顔を立てるなら、それなりの服を着ろと言う意味だろう。

 別に魔王の顔を立てるつもりは無いのだが、不思議と今の魔王が周りから変に言われるのは良い気分ではない。


 そう思うと、少しだけ目の前の服を真剣に選んでみようと思った。

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