第73話 73 蝿の王という男


 警戒するべきはベルゼと呼ばれる元魔王軍幹部だ。


 コイツは前世、ローランが幹部として最後に倒した相手だ。

 数多くのパラディンを屠り、魔王城ではローランを追い詰めた。

 オリヴィエが命に変えて奴を弱らせ、瀕死のテュルパンがその命と引き換えにローランを蘇生し、ローランが止めを刺した。


 正直、二度と相手にしたくない強力な敵である。

 特に見た目も良くない。『蝿の王』など呼ばれているが、顔は人だ。所謂魔人。

 灰色の髪に整ったカッコいい顔立ち。

 昆虫の羽を持ち、腕は六本と見た目は怪物である。


 扱う武器は槍、六本の腕で絡まる事なく操る姿は、敵ながら、三面六臂のようである。


 これが、ローランの知る『蝿の王』ベルゼであった。


 因みに、女神の件はこの世界の人にはなるべく話さないようにと魔王から言われた。

 一つは国などに知れて、あらぬ混乱を呼ばない為。

 もう一つは、女神の思惑を知った者がベアトリクスに命を狙われる可能性があるからだと。


 ローランが思うに、魔王を呼んで世界を滅ぼすほどの奴が、数名思惑を知ったからとどうこうするとは思えない。

 ただ、そう話したところ、


「世界の滅亡を阻止したときに、仲間が欠けていては面白くない」


 と返ってきた。

 これは魔王の台詞では無いと思う。


 当面は、魔王が情報を制御するらしい。

 本当に有能な召喚獣で、頭が上がらない。


「ベルゼがアイリスを襲う可能性はあるか?」

「分からぬ。戦いに関しては気まぐれな奴だからな」


 気まぐれな奴……。魔王軍侵攻の初戦にパラディン本部に突撃してきたのもベルゼだった。

 多くの兵を絶望に追い込み、犠牲を出した。

 大戦の幕開けには苛烈な相手であった。


「魔王から見て、ベルゼはどんな奴なんだ?」


 ローランにとっては武闘派の魔人という印象だ。

 パラディン三人がかりでやっと倒せるレベルである。


「ふむ……。奴はな

 まず、私の料理の師匠である。料理の味は勿論、所作に厳しい奴だ。グルメ家で、基本的に食べ歩きが趣味の一つだ」


 ふむ……、俺は今誰の話を聞いているのだろう。


「あと、掃除にも煩いな。潔癖で、埃はもちろんガラスの手垢は即座に拭き取る。お主の部屋の床のシミなど、奴にかかれば小一時間で無くなってしまうな。私もまだまだ未熟である」


 なるほど、奴は綺麗好きと。


「ガーデニングは私の目標だな。魔王城のラビリンスは全て奴の育てた植物で形成されていた。あの幾何学模様はバルコニーから眺めていたが、季節によって姿を変えて素晴らしい者であった」

「わかるー!アンジェリカ、あの庭園大好きだったものね」


 あ、それは潜入したときに凄いと思った。

 あんな庭園は人類側にはまず無かった。

 職業、庭師と。


「つまり、男版魔王という事か?」

「ふん、私など奴に比べればひよっこだ。文化面に関して奴は魔族一と言っていい」


 ローランの想像していた内容とかけ離れていたため、額に手を当てる。

 違う、もっと戦いの理念とか得意な戦術とか、苦手な行動とかあるだろう。

 料理、掃除、園芸はこれからの戦闘に関係ない。


「奴が厄介な理由は、そう言った趣味のせいで人族に紛れられると中々見つけ出せぬところだ。種族的差別意識も薄く、誰彼構わず打ち解ける性格であるし、気づけば家庭を持っていたなど良くある奴だ」


 魔王が悩ましそうに額を抑える。

 彼女もまた、違う意味でベルゼに悩まされた被害者のようだ。


「しかし、羽もあって腕も多い奴が人に紛れるなんてできるのか?」

「奴は身なりを変えるぞ?基本的には腕二本に羽は隠す」


 対パラディンで見せるベルゼと魔王軍幹部としてのベルゼは大きく違うみたいだ。

 魔王から聞く話ではとても穏健派に感じる。


「ベルゼは魔王軍幹部筆頭じゃ無いのか?」

「筆頭?ふむ、考えた事がないな。リリスもゾルアークもベルゼも種族的に上の立場にあるから、幹部としていただけで、それに上下関係は無かった」


 サキュバスを含む悪魔系魔族、デュラハンを含む精霊系魔族、ベルゼブブを含む魔人系魔族。

 それぞれのトップが魔王軍幹部であり、筆頭というのは無かったらしい。


「だから、奴の動きは分からぬ。もし、ベアトリクスという女神の話を鵜呑みにしておればアイリスを襲うかもしれぬ。本気になったベルゼは強いからな」


 それはローランも同意の頷きを見せる。

 本気でアイリスを狙ってくれば、この場にいる三人や外にいる仲間は無事でいられないだろう。


「奴を探してみるのも手かもしれぬ。まぁ、警戒は必要だ。リリス、アイリスの護衛を頼めるか?」

「えー、私が人族の護衛?立場的に逆なんだけどー」


 リリスには種族的差別意識があるのだろう。魔王のお願いに不服げに返した。


 すると、それに反応する良いに勢いよく生徒会室の扉が開いた。

 勢いそのままに入ってきたのはアイリスであった。


「マオさん!聞き捨てなりません!淫魔が私の護衛など。マオさんが護ってくれればよいではないですか!」


「いやーん、お姉様。私が手取り足取り護衛させていただきますわー」


 作ったような演技じみた怒りを見せるアイリスにリリスは子犬のように近づく。

 魅了の呪いのせいでだろう、不服そうな態度が一変している。


「え、ちょっと……、淫魔。放して……!」

「あら、お姉様……。心の中とは裏腹に身体はウブなのですね」


 手慣れた動きでアイリスを捕縛するリリス。

 舐め回すようなリリスの手つきに、アイリスの顔を赤らめる。

 皇女と知る者であればまず触れることの出来ない首筋や胸部、脚部の線をなぞる様に指を走らせる。


「だめぇ……!やっ……!」


 次第にアイリスの息も荒くなっていくようで、扉の向こうにいた者たち困惑の表情を見せる。

 マルクはみてはいけないと目を背ける、ルナは観察するように見る。

 シャロは手で顔を隠してはいるが、時折指を開いてその隙間から目の前の行為を見ている。むっつりエルフ。


 このまま、さらに過激になるのだろうとローランが思った時、魔王のダブルフィンガーがローランの目玉に襲った。


 今晩は、リリスと魔王の暴力について肴に晩酌してもいいと思った。

 

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