第72話 72 淫魔と女神

 プレジデントデスクに対をなす椅子。

 革製であり、弾力性に富んでいる。

 その少女は偉そうに肘置きに手を置き、脚を堂々と組んでいる。


 まるで、吸血鬼の王ドラキュラのように、まるで、悪魔の王ディアブロのように座る彼女の体は


 そして、何より、その顔は魔王に襲われて酷く腫れ上がり、とても気の毒なことになっていた。


「いいわ、教えてあげる!私がこの世界に来た時にであった女神について」


 リリスが何か言っているが、ローランの耳にはあまり入っていない。

 なぜなら、先程放たれた魔王のブローは日頃使う魔術や、エルフの村で見たエッゲザックスなどよりも強力に見えていたからだ。


 もしかすると、魔王は魔術師でも戦士でもなく、格闘家だったのかもしれない。

 そうなると前世で戦っていた魔王は本気では無かったとなる。


 ローランは生唾を飲んだ。なんて真実を教えやがる、このサキュバスは。


 前世では女性関係との絶縁で追い詰め、今世では戦闘能力の絶望で追い詰めるというのか。

 さすが、ローランを唯一追い詰めた魔王軍幹部である。

 ローランは脂汗を拭き取る。


「ねぇ、変なこと考えてないで話進めるわよ」



 閑話休題。

 魔王曰く、リリスが学校を襲った理由やアイリスの命を狙った理由について聞き出すらしい。


 先程の暴力でリリスは完全敗北を宣言。

 今、こちらの世界に転移する際に出会った女神について話してくれているところだ。


「女神の名前は『ベアトリクス』。魔王を使ってこの世界を乗っ取ることが目的って言っていたわ」


 ローランの知っている女神とは別の名前であった。

 リオシーナとベアトリクス。


 確か、リオシーナは輪廻を繰り返して世界の滅亡を防ごうとしている。

 ということは、ベアトリクスが魔王を使って世界を滅ぼしているということか。


「魔王を使ってというのは、どういう事だ?」

「さぁ、私はアンジェリカの事だと思ってたけど、なんでかパラディンと仲良しこよしだし」


 魔王の咳払いにリリスが身を震わせる。

 どうやら触れてほしくないらしい。


「私が提供できるのは女神の名前と目的、あとお姉様を殺せってことだけ」


 お姉様。アイリスのことか。


「なぜ、アイリスを殺すんだ?」

「さぁ?そこまでは教えてくれなかったし、その時は興味なかったもの」


 ベアトリクスもこう言ったことを想定していたのか、リリスは断片的なことしか知らないようだ。

 

「ゾルアークもベルゼもこの世界にいるわよ。どこで何をしているか分からないけど」


 ゾルアークはこの前の首無し騎士だ。

 ベルゼはベルゼブブという魔王軍幹部の筆頭だ。

 その強さはローランも仲間のパラディンも苦しめられた強力な敵。


「ゾルアークはこの前森で戯れておったぞ。ベルゼを単独で動かしておるのは厄介じゃな」


 魔王が悩ましい様子でいる。

 身内だからこそ分かるなにかがあるのだろう。


「リリスの話は分かった。どうにもお主と私では出会った女神が違うようじゃ」

「え?魔王もリオシーナを知っているのか?」


「勇者と私の魂が同時に来たと、あの女神が言っておったではないか」


 知らない。

 というか覚えていない。


「魔王は……覚えているのか?」

「あのような奇妙な体験、忘れておる方が異常だぞ」


 馬鹿にされてしまった。

 しかし、夢で会ったリオシーナも忘れられていたことに随分ショックを受けていたし、これは自分に非があるかもしれないとローランは感じた。


 その様子をリリスはじーっと眺めている。

 何か物珍しい物でも見ているように。


「何か、アンジェリカ変わったね」


 そうやってぼそりと呟いた。

 前世の魔王をローランは知らない。

 魔王軍幹部で女性はリリスが唯一だ。

 女性同士しか知らない物があるのだろう。


「なんか、昔はもっと色々必死に見えてたのに」

「どうゆうことだ?」

「どういう事も何も、魔物の統一や人間との闘争の事ばかり考えて、私が恋でもしたらなんていっても気にと留めなかったじゃない」


「それは、私も魔物の王としてだな……」

「王を辞めて、気持ちが落ち着いた?なんか今のアンジェリカはまるで……」


 その先は言葉にならなかった。

 魔王がその先の言葉を察してしまったからだろう。

 リリスの視界は真っ暗になり、顔のコブがひとつ増えたからだ。


「本当、暴力だけは変わらないわね!!」


 これが次に目覚めた時のリリスの第一声であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る