第71話 71 魔王の名前
「なんだこれ」
ローランがぼそりと呟いた目の前の状況。
正気を取り戻し、顔で湯でも沸かせるのではないかと言うほど熱くしたシャロとルナ。
サキュバスというリリスがアイリスに抱きつき、それから逃げるようにアイリスが魔王に抱きついている。
列車の連結のような状態だ。
隣にいたマルクもローランと同じ表情を見せている。
アイリスに引っ付いているサキュバスが引き起こした騒動。
パーティー会場にはローランとシャロのサプライズ演目で話を通したらしい。
しかし、シャロもルナも正気を失い、自我のない言葉を放っていたことにローランは震える。
洗脳とは怖いものだと。
因みに、顔を赤くしているシャロとルナは小さな声で話をしている。
「ねぇ、ルナ。ボク馬鹿らしくなった」
「奇遇だね。私もだ」
「あれだけ大胆な事言っても、あの朴念仁は何も気づかないんだよ」
「あまつさえ、洗脳のせいだと言い切ったからな。恥を欠かせまいとしているのか?」
「ローランがそんな心遣い出来るわけないよ。はぁ……振り向かせるのより、今から魔導騎士目指す方が簡単かも」
操られている時も意識があり、記憶が残っていた。
だからこそ、この羞恥心に駆られているし、目の前の朴念仁の対応も覚えている。
恥ずかしがりながらも呆れ返っていた。
そんなことも知らず、ローランはリリスに近づく。
「久しぶりだな、痴女」
「あら、久々ね。パラディン」
アイリスにしがみつき、真顔で話すリリス。
表情と体勢が釣り合っていないため、とても滑稽だ。
「なんで、お前がこんなところにいる?」
「言うわけないでしょ?それよりも、貴方と魔王様の間柄の方が私気になるわ」
リリスは魔王を一瞥する。
魔王はムッとした顔をローランに向けている。
話して欲しいのか、欲しくないのかよくわからない顔だ。
「いいじゃないですか、リリス。ローランさんにもマオさんにも事情があるんですよ」
アイリスはサキュバスのことを名前で呼んでいる。
指輪のせいで、変な形で懐かれてしまって、嫌々であるが、魔王から役に立つからと押し付けられている。
恐らく、魔王の日頃アイリスから受けている我儘への仕返しだろう。
「お姉様がそう言うなら、いいのですけれどぉ」
ローランには決して向けられない甘えた声でリリスは話す。
「それより、私が気になるのは、女神が私を殺せと言っているという話です」
それは、リリスがアイリスを襲おうとした時に放った言葉であった。
女神というのは、この世界を想像した神の存在だ。
それが、アイリスを殺そうとしている。
「それはですねぇ、お姉様。私がこの世界……ふがっ!!」
「アイリス、リリスと私は同郷でな。こいつとより詳しい話ができるのは私だ。少し借りても良いか?」
魔王が魔術以外で敵を倒した姿は初めて見た、とローランは思った。
あまりにも早い手刀がリリスのうなじを襲った。
ローランでなければ見逃しちゃうところであった。
「勇者、お前も来い!作戦会議だ!」
珍しく慌てふためいた様子で魔王が言う。
ローランは前世の話をするのだろうと思った。
そして、先日夢で見たリオシーナという女神が関係しているのではないかと。
リリスは何かを知っている。
そう思い、三人は生徒会室へと入っていった。
「はぁ、あの様子ですと話に参加させてもらえませんわね」
「珍しいことを。姫さまが首を突っ込まないとは」
「日頃、落ち着いているマオさんがあんなに慌てて。聞かれたくないものがあるのでしょう」
「ほぅ、そんな配慮ができるようになるとは」
「まぁ、生徒会室には盗聴の魔道具を置いてますから、いいのですけれど」
マルクは思った。
その盗聴の魔道具は少しに前に壊れてしまっていることを伝え忘れている。
しかし、今伝えたら煩そうなので、黙っておくことにした。
――――――
「離してよ!アンジェリカ!いやー!」
「その名で呼ぶな!煩いサキュバスめ!」
何処かで聞いたことのある名前にローランは眉を顰めた。
アンジェリカ?
今は生徒会室の椅子にロープでぐるぐる巻きにされたリリスとその正面に勇者と魔王がいる。
バタバタ暴れるサキュバスは口だけで必死に抵抗している。
「なんで、いつも私はこうなるのよ!最悪、アンジェリカがいるといつもうまくいかない!」
「この世界で私はマオだ!アンジェリカはもう名乗っておらぬ」
どこかで聞いた名だ。
前世だ。とても大事な……う、頭が……。
その様子を見て魔王は不思議そうにローランを覗き込む。
リリスはニヤリと笑う。
「思い出した?パラディン。アンジェリカ、私が貴方に名乗って、弄んで、振った女の名前」
電撃が走った。
雷であった。マキシムの持っていた電気の走る剣など微弱と言わせるほど強力な電気であった。
アンジェリカ。前世で恋に落ち、弄ばれ、振られた女の名前。
あの後、失恋のショックで防具もデュランダルも捨て、全裸で王国を放浪した。
盟友のアストルフォのお陰で正気を取り戻したが、あのせいで魔王軍との戦いも長期の膠着があった。
このハニートラップのお陰でローランは女性に本気で恋に落ちる事が出来なくなった。
実はローランがシャロやルナに中々なびかないのはこのサキュバスのせいであった。
「まさか、あの時の女……」
「名前は魔王様のだけれど。実際に貴方を相手したのは私。どう?思い出した?」
憎い。しかし、ローランはその恨みを晴らすことは出来なかった。
何故なら、隣にもっと怒った
魔王軍最高司令官として、その時のリリスの計略の結果は聞いていたのだろう。戦場が止まるほどの計略であったからだ。
しかし、その過程は今知ったようで。
「貴様ッ!!人の名前で!!なんと言うことをしとるかーっ!!!」
顔を真っ赤にして怒る魔王は初めて見た気がする。
そして、ボコボコに殴られるサキュバスには同情したくなった。
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