第76話 76 勇者と皇女のおでかけ 3

 それが、まだ十代という若き皇女の決意であった。

 それは茨の道である。権力も軍事力も宰相であるゲルトが握っており、皇女の首を真綿で締めることさえ出来る立場だ。それを弁えた上で挑戦するのだ。

 どれだけ、不可能なことか想像がつく。


 しかし、ローランもまた不可能に挑戦した男であった。

 雪崩の様に押し寄せる魔王軍の兵隊、人智を超える超人的力を持つ魔王軍幹部、それを束ねて最後の最後まで圧倒を見せつけようとした魔王。

 全て、打開できないと諦めそうになることばかりであった。


 しかし、その時いつも傍にはパラディンがいた、友がいた、仲間がいた。

 だからこそ、兵隊を掻い潜り、魔王軍幹部を葬り、魔王を倒すことができた。

 自分が仲間に支えられた様に、自分も彼女を助けることができるのではないのだろうか。


 彼女の真摯で真っ直ぐな瞳を見ているとそう言った考えがよぎってしまった。

 なるほど、これは確かに厄介だ。

 彼女は仲間を作るのが上手いらしい。

 最近はあんなに嫌っていたマーリンすらアイリスに懐いている。

 魔王すらも彼女を認めている。


 ゲルトが警戒し、リオシーナが守れといった力はこのことなのかもしれない。


「分かった。じゃあ、その時は俺も協力するよ」

「はい、その時が有れば、お願いします」


 いつの間にか彼女の元気も戻っていた。

 機会を見計ったように出てきたケーキと紅茶に二人は舌鼓を打つ。

 バウムクーヘンはローランが初めて食べる食感であった。甘く、香ばしい物でとても美味しかった。


 アイリスもチーズケーキを口に運ぶと頬を押さえて感嘆の声をあげる。

 ほっぺたが落ちるというのを物理的に回避しているのだろう。そう思うとなんだかその仕草がおかしくて笑ってしまう。

 それを見てアイリスがギロリと睨んできたが、気づかないふりをしてチャーナ産の紅茶をいただく。


 それは日頃、ルナが愛用している紅茶とは違っていた。

 フルーティな香りがなく、あっさりしているが、味はとてもハッキリしている。

 バウムクーヘンで甘く支配された口の中が一新されていく。


「おいしいな」

「そうでしょう、そうでしょう。帝国は枯れた土地で食べ物が無いなど言われますが、工夫してここまで美味しい物を生み出しているのですよ」


 似合わない口調でアイリスが誇らしげに話す。

 アイリス曰く、チーズケーキも魔法国の物とは違い、ヨーグルトチーズを使うことで、一般的よりも甘さを控え、酸味を強くしているらしい。

 あっさりしておりながら、チーズの美味しさを楽しめるらしい。


 流石にローランも一口下さいとは言えなかったので、後日改めて来てみようと思った。

 


 その後、昼食を済ませると再びアイリスのショッピングに付き合わされた。宝飾店や魔術書店など。

 魔法杖も見てみたが、自分の力量ではまだ愛用している銅の杖で十分だと思って購入は避けた。


 隣でショッピングを楽しむアイリスはとてもお茶目であって、面白そうな商品が有ればすぐにローランに見せてくる。


 それが、露出の多い洋服であったり、ド派手な下着であったり。

 ローランが慌てて控える様に促しても、彼女はコロコロと笑う。


 皇女のようで皇女では無い。一人の少女としてローランを揶揄からかっているようであった。


 黄昏時となると流石にアイリスも弾切れの様で、予約した店も無くなったと言っている。

 しかし、この時間まで綿密な計画とスケジュール管理で店舗に予約していたのかとなると末恐ろしく感じる。


「学生の身としてディナーまで行くと寮長に目をつけられると思いますので、この辺でお開きにしましょう」


 と、皇女らしからぬ台詞を吐いてアイリスのある日のお礼はお開きになった。

 街から魔法学校への帰り道、二人は肩を並べて歩く。


 やはり帰り道はリリスの力が働いている様で人の動きが無い。

 

「ローラン様、とても楽しい一日でございました。こんなにも我を忘れて外を歩いたのは久しぶりです」

「別に俺の力じゃ無い。一番はリリスのお陰だろう?あいつがいないと刺客が迫ってくるからな」


 アイリスはそう言う意味では無いのですが……。と苦笑いを見せる。

 ただ、彼女はとても満足そうであった。


「はぁ……。もう終わってしまうのですね。魔法の様な時間でしたのに、魔法学校に戻ると解けてしまうなんて皮肉ですわ」


 ボソリと呟いたアイリスにローランは首を傾げる。

 魔法の様な時間。

 人にお礼をする事が魔法の様な時間なのだろうか?

 それとも、もっと……。


「なぁ、アイリス」

「はい」

「このあと、俺の部屋来ないか?」


 アイリスから見て、夕日に染まるローランの顔はとても眩しかった。

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