第68話 68 淫魔の手引き
ローランもシャロもルナさえも、その大広間の景色を見て嘆息を漏らした。
折角の悪魔の仮装ということもあり、メインの灯りは消されて、机に並んだ大量の蝋燭がダークな雰囲気を醸し出している。
南瓜をくり抜いて作られた人の顔を象ったオブジェクトが蝋燭で不気味に笑っているように見えた。
蝋燭と南瓜で飾られた机の上には、南瓜料理やじゃがいもを使った料理。リンゴやナッツをふんだんに使った菓子料理の甘い匂いが会場の空気を甘く包む。
社交場でよく用いられるブュッフェ方式を採用されて、一口サイズに切り分けられた料理を皿に盛る。
無邪気な者は山を積み、優雅な者は彩りを皿で表現する。
将来、社会に出て貴族や騎士を相手に接待をする良い勉強の機会であるのだ。
生徒会で、このパーティーの責任者になったいる魔王が舞台上で監督している。
ローランはそれを一瞥して料理へと視線を配る。
どれも美味しそうだ。
料理の考案は魔王が咬んでいるのは間違いない。
「この南瓜、なんで顔の形してるのかな?」
「これはジャック・オ・ランタンっていって、元々はカブをくり抜いてたらしいよ。悪戯好きのジャックが悪魔を騙して『ジャックの魂は取らない』と約束させたんだって。
それでジャックが寿命で死んだ時に、素行が悪くて天国に行けなくて、悪魔に地獄に連れて行ってもらおうとしたら、約束のせいで案内できないって拒まれるんだ。
ジャックの魂は行くところが無くて、せめて手持ちにある灯火だけは消さないようにとカブをくり抜いてそこに入れて、居場所を探して今も彷徨っているという伝承から置かれるようになったんだよ」
ルナは得意そうに言った。
どうやらこの日のために勉強してきたそうだ。
「へぇ〜。じゃあなんで、飾るの?」
「この灯火は悪霊を引きつける力があるんだって。だから本当は玄関とかに置いて中に入らないようにするんだけど……」
「これじゃあ中に入るよね……」
外におくランタンを室内においては、悪霊を招き入れてしまう。
二人は顔を見合わせて笑う。
あくまでも雰囲気作りの一品であって、そこまで深く習っていないパーティーである。
本場の人が見れば首を傾げるかもしれないが、そんな堅苦しいものをアイリスは求めていなかった。
――――
シャロはいくつか美味しい料理を食べ、南瓜のスープを飲むと体が温まったので、大広間から続くバルコニーへと一人で足を運んだ。
秋の夜空は澄んでいて、夏とは違う星座が空に散りばめられている。
猫の格好は好評で、男子からマニアックなポーズをせがまれたりして調子に乗ってしまった。
本当はローランに見せてあげたいのに、当の本人はまだ料理に夢中だ。
手摺りに寄りかかり外を見る。
ローランと出会ってもう二年と半年。
彼は私の生き方を変えるきっかけをくれた。
素直でいられる居場所をくれた。
友達としても、異性としても大好きな人だ。
マオさんは私を強くなれるように指導してくれて、食事にも気を遣ってくれる。
家事や料理も教えてくれて、まるでお母さんのような人だ。
師匠として大好きな人だ。
ルナからは女性らしさを教えてくれる。
彼女のモデルのようなスタイルはどんな服も着こなす羨ましいものであるが、彼女とのショッピングがいつも楽しい。
親友として大好きな人だ。
――だから、みんな手放したくない。
「強欲な人ね」
独言のように呟かれた甘い声。
足音が聞こえ、シャロは振り返ってしまった。
ハロウィンで足音が聞こえても振り返ってはいけない。
なぜなら、その足音は悪魔なのだから……。
桃色の髪を持つマオさんのような仮装をした少女。
手が混んでおり、羽根や尻尾までつけている。
「本当に、あの女神がくれた力って便利ね。人の心が見えるもの」
面妖に、魔性の声がシャロを包む。
シャロが感じた事ない感覚であった。
その少女がシャロの頬に優しく手を差し伸べる。
「なんでも欲しがる貴女……、可哀想に。もっと、もっと素直にしてあげる……」
その光る双眸がシャロと視線と重なる時、シャロの心に業火のような想いが強く渦巻いた。
――ローランの想いがもっと、もっと欲しいと。
――――
ルナは廊下で置かれた椅子に座り、ぐったりと脱力する。
お祭り事とは言え、人が多すぎる。
流石に疲れたのだ。
吸血鬼の格好は女子生徒から好評で、沢山握手を求められた。
噛んでくださいというマニアックなお願いには答えられなかったが、とても有意義である。
満足感に包まれるのだが、一つ心残りがあった。
部屋の中で未だに料理に夢中な男。
彼から一言も、風貌の感想をもらっていない。
似合っていないからなのか?それとも趣味に合わなかった?
もっと女性らしく、キャピキャピした……そう、シャロ君みたいな可愛らしい仮装。
ルナはため息をつく。
自分の武器で闘ったつもりが失敗だったか。
彼はシャロの無駄に開いた胸元を見ていたり、マオさん似のアイリス姫の仮想に見惚れていたり、ドレスで着飾ったマオを眺めている。
羨ましい。
少しの時間でも独占したかった。夏祭りの花火大会の時のように……。
――私だけを見て欲しい
「嫉妬深い人ね」
ルナは黙りこくって考え込んでしまっていた。
ハロウィンのディナーでは沈黙は厳禁である。
なぜなら、悪魔を呼び込んでしまうからだ。
ルナの座る前に、ふと桃色の悪魔の仮装をした少女が立っていることに気がついた。
見たこともないその綺麗な瞳に吸い込まれるような感覚に陥る。
逃げられない、こんなに綺麗なのだから、ローランが見て仕舞えば、もう私を見てもらえないのかもしれない。
友達でいいなんて甘く考えた自分が馬鹿みたいだ。
「唯一を欲しがる貴女……。可哀想に。もっと、もっと素直にしてあげる……」
ルナの頬はその少女の両手に包まれて、綺麗な瞳に魅了されたルナは強く思ってしまった。
――ローランの想いが、唯一、唯一私だけに向いて欲しいと。
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