第67話 67 仮装の下準備
十月にお祭りをしたいとアイリスが言い始めたのは、生徒会選挙も前の六月であった。
夏祭りだけでも大変だと思っていたライラにとってはアイリスの提案には沈黙の抵抗をしてみた。
しかし、彼女の性格上、沈黙は肯定と受け取るようで、話はトントンと進んでしまった。
結局、西の大国で世界で最も信者がいるリオス教の総本山、聖教国リオシスで行われる諸聖人の祝日の前日に行われる祭事『ハロウィン』を習うことになった。
ただ、お祭りだからといって、また花火をあげては華がないし、何より十月の夜は寒いだろうということで、室内での立食パーティはどうかとなった。
「ハロウィンには、悪霊を追い祓うために仮装をするそうですわよ」
ハロウィンとは日本のお盆のようなものだ。
先祖の霊が帰ってくる。そのときに悪霊も紛れて帰ってくる。それを、より怖い物に化け、驚かせて追い祓うらしい。
そんな訳で、十月の下旬にハロウィンパーティを行うことが決定していた。
――――
ハロウィン当日。
生徒会室では魔王がプレジデントデスクに座り、書類に目を通していた。
引退しているはずのアイリスも当たり前のようにいて、そのお付きでマルクもいる。
隅っこには副会長のライラもいて、生徒会選挙の前となんら変わっていない生徒会室の状況であった。
「見てください、マオさん。アークデーモンのコスプレですよ」
何処から買ってきたのか、アイリスの格好は魔王を真似ているようで、ティアラのような黒い二本のツノや鋭く尖った犬歯。皇女にしては地味な黒いドレスを身にまとっていた。
魔王のような漆黒の黒い髪とは違い、亜麻色の明るい髪色に活発なデーモンで魔王は微笑ましく思う。
「なんで笑うんですか!怖くないですか?」
「そうであるな、少々可愛らしい悪魔であるな」
膨れるアイリスに魔王は鼻を鳴らす。
こうして、自分と同じ種族に仮装されるのは新鮮であった。
「では、もっと怖くなれるようにアドバイスを頂けます?こう、目を吊らせて!どうですか?」
まるで皇女とは思えない行動にマルクの注意が響く。
少し拗ねた様子のアイリスに魔王はやれやれとシャドーポケットを発動した。
中に手を伸ばすと、一つの指輪を取り出した。
それは、悪魔を象った指輪であって、アイリスの手には少し大きいように感じた。
「これをやろう。より禍々しくなるぞ」
魔王が投げると、アイリスは不慣れにキャッチしてみせる。
「なんですか、これ」
「私が作った魔法の指輪だ。コカトリスの石化などの呪いを反射できないかと付与してみたのだが、調子に乗りすぎてな。まぁ、御守りにもなるし、アイリスに譲ろう」
アイリスは早速それを指にはめる。
彼女の白く細い指には違和感があるが、確かに禍々しいものである。
「うむ、よく似合っておる。さながら魔王である」
冗談混じりに魔王が言うと、アイリスは指を顎に当て、少し考えたのち、一言言い放つ。
「マオさんって重たい女性なのですわね」
その言葉に吹き出したのはマルクであった。
それは、先日の夜にローランを見送った後のやり取りであって、魔王がそれを知る由もなく。
ただ、アイリスの台詞とマルクの笑いに魔王は目を眇める。
「なんじゃ、悪口を言われておる気がするぞ」
魔王は拗ねたように立ち上がると部屋を出ようとする。
それをアイリスが心配そうに見る。
「何処にいくのですか?」
「パーティーの設営の状況を見てくる。もうすぐ開場であろう」
「えー、マオさんは仮装しないのですか?」
「私がこれ以上禍々しいしくなれるか?」
それにはアイリスはにこにこしながら黙殺したので、魔王はまたちょっと不機嫌になった。
――――
ケットシーという人型の猫の種族がある。
その中でも黒猫種は幸運を運ぶなど、悪運を運ぶなど地域によって意見は様々だ。
聖教国では悪運を運ぶと言われており、ハロウィンではコスプレの候補によく上がる。
肩まで伸びた金髪に黒の猫耳とはよく目立つ。
ドレスから生える尻尾はどうやってつけているのかローランは気になった。
「あー、ちょっと動いちゃダメだよー」
黒猫の仮装をしたシャロが化粧道具を片手に動くローランに注意する。
「なかなか似合ってるぞ、ローラン君」
シャロの後ろで楽しそうにルナがローランの仮装の過程を眺めている。
彼女は吸血鬼であった。男装になってしまっているが、そう言えば夏祭りで色々回った時もルナは男装していたなと思い出す。
ローランはと言うと、今顔の穴という穴から血糊が塗られていた。
吸血鬼の配下として有名なゾンビに腐り人を合わせた、グロテスクをコンセプトにした仮装である。
シャロがアドリブで茶目っ気を混ぜてくれているので、引くほどグロくはない。
「それにしても、シャロ君のケットシーはずるいなぁ。可愛すぎる」
「何をいうんですか、ルナさん。ルナさんの吸血鬼なんて、女性でも惚れてしまいますよ。ほんと、スタイルいいですよね」
互いに褒め合う二人。
この仮装たちは彼女たち二人で街に買い出しに行ったそうだ。
魔法国の大聖堂周辺にはハロウィンに合わせて仮装服を取り扱う店も増えるそうで、二人とも私服感覚でショッピングしたらしい。
「それにしても、買ったシャツを破って、赤く化粧するだけとはローラン君の仮装は一番安上がりだな」
「こういうのでいいんだよ。衣装とか残してどうする」
「プライベートで着ようか?」
キョトンとした顔でシャロが言った。それは猫耳と合わさってとても可愛らしくて、ローランは直視できずに顔を背けてしまった。
「あーーーーーーー!」
不意に顔を動かしてしまい、口紅がローランの顔を横一閃した。
台無しになった化粧にシャロの悲鳴が響いた。
――――
「みーつけた」
寮の中庭にある一本の木。
その幹に座り、化粧をされるローランの部屋を眺める一人の悪魔がいた。
魔王のような角を生やし、魅力的な桃色の髪に赤い双眸。
特徴的なのはその羽根で、黒くとても悪魔らしい物であった。
先端の膨れた尻尾は魔王にない物で、その悪魔が魔王とは別の種族である事を意味していた。
元魔王軍幹部サキュバスのリリスは仲睦まじい様子に舌なめずりをした。
「壊してあげるね」
ハロウィンの、先祖の霊と共に紛れ込んだのは、一匹のサキュバスであった。
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