第69話 69 強欲と嫉妬の三重奏

 大広間に悲鳴が響いた。

 それは女子生徒のもので、会場にいたものは全員そちらに注目した。


 方向からしてバルコニーの方。

 ローランもそちらに視線を向けると、そこにはシャロの姿があったのだが、手にはありふれた剣が持たれていた。

 恐らく、廊下に飾られていた騎士甲冑の剣だ。


 彼女には珍しく、剣先を引きずりながら歩いている。

 アルコールでも入ったかというほどの千鳥足でローランに近づく。


「ねぇ、ローランってボクのこと好き?」


 突拍子もないことを聞いてくる。

 今は会場の視線がこちらに集中している。

 そんな中、放たれた言葉である。


「おい、何かあったのか?いきなりそんな……」

「答えてよ!」


 予備動作もなく振り抜かれた剣をローランは危機一髪で交わす。

 シャロの珍しい怒号にローランは目を眇める。


 酔っているのか?しかし、学生の祭りであるからお酒関係は控えられている。


「ボクはもっと、もっとローランに認めてもらって、頼りにしてもらって、好きでいてもらって、愛が欲しいんだ。だから、誰にも渡したくない、その足と腕を切ってでも、ローランが欲しいんだ」


 彼女がまず言わないような言葉が羅列される。

 これはハロウィン。誰かがシャロに仮装している?

 いや、それならすぐにバレるこんな台詞言うわけがない。


 ローランは辺りを一瞥する。

 周りはというと、ローランとシャロのやり取りを何かの演目と勘違いしているようだ。


「剣舞とは中々乙なものを企画したな」

「サプライズ?聞いてないんだけど」

「アイリス様と仲のいい人でしょ?あり得るわね」


「シャロ、なんでこんなことをするんだ?」

「名前呼んでくれた。嬉しい、嬉しい、嬉しい」


 シャロの容赦ない斬撃がローランを襲う。

 話にならない。

 シャロがおかしくなっているのは十分分かった。


 しかし、変に騒ぎ立ててシャロの名誉を汚すわけにもいかない。

 ローランはシャロの剣舞をギリギリで避ける。

 演劇の殺陣のようで会場はどよめきを放つ。


 ここでは危ない。

 隙を見て部屋を出ないと。


「道を開けてくれ!」


 出口に続く扉の前にいる人たちに叫ぶ。

 一瞬騒めきが起き、直ぐに道が開かれる。


 走ってみると、シャロは付いてくる。

 よし、これで取り敢えず校内を逃げ回る。

 ローランは大広間を出て、走り出そうとした。


 その時、廊下のカーテンに引き込まれる。

 急なことで声も出なかったが、シャロはローランを探すように廊下の奥へと走っていった。


「大丈夫かい?」

「ルナか、ありがとう」


 カーテンの中、密着するように抱えられるローラン。

 すらっと背の高いルナの控えめな胸の凹凸が後頭部を刺激する。

 吸血鬼であるのだから、このまま肩を噛まれてしまうかもしれない。


「もう、大丈夫そうだな」


 ローランが離れようとした。

 しかし、動けない。すごい力で縛られている。


「あのー、ルナさん?」

「ねぇ、ローラン君。世の中には飲んでしまえば永遠の眠りにつく薬草があるんだ」


 ルナの急な話題にローランは怪訝な表情を見せる。

 ルナの様子もおかしい。


「研究のためにね、治癒科の研究室にあるんだけど。持ってきた、コレを食べて欲しいんだけど、いいかな?」


 いいかな?では無い。

 それは黄色い薬草で、明らかに毒薬であることを感じさせた。

 黄色は警告色だ。本能的に危険と感じる。


「コレを飲んでくれたら、ローラン君はもう誰とも話さないだろ?そしたら、私がずっと看病してあげるし、私がずっと話しかけあげる。私の話だけを聞いていて欲しい。私だけをずっと、ずっと……」


 ルナの締め付ける力が強くなる。

 ゆっくりとその薬草をローランの口元へと近づけている。

 強烈な臭いだ。舐めただけでも危険かもしれない。

 いくら強靭な肉体と言っても毒は論外だ。


 首の可動域だけでは口にねじ込まれてしまう。

 ここまでかと思った時、バッとカーテンが翻り、無数の影の手がルナの身動きを縛った。


「勇者!これはどうゆう事だ!!」


 それは、漆黒のドレスに身を包んだ、見慣れた魔王の姿であった。

 影手はルナの腕を無理矢理開き、ローランが逃げれるようにする。


 即座にローランは腕から抜け出し、魔王の横へと逃げる。


「礼を言う」

「珍しいの、明日は雪か」


 なんてやり取りをしてしまうと、逆上したのはルナであった。


「邪魔するな、邪魔するな、邪魔するな」


 縛る影手をお構いなしに、関節が曲がる勢いでルナがもがく。

 このままでは自傷すると判断し、魔王が縛りを解く。


「こやつ、操られておるのか?」

「恐らく、感情も操られているようだ」

「…………そうだな」


 魔王の不自然な間が気になったが、今は目の前のルナをどうするかだ。


「この前のゾルアークといい。私にはこの力、心当たりがある。あやつが上手く動いてくれると良いが……」


 魔王が小さく独言ている。


「マオ君もローラン君と仲良いものね。じゃあ、殺してあげなきゃ……」


 ルナが隠し持っていたナイフを引き抜き、襲ってくる。

 ローランと魔王は一番苦手とする仲間を傷つけずに無力化する戦いを迫られるのだった。

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