第63話 63 退屈ウィッチ

「え」


 吐息の様な声が漏れた。

 彼女は今何と言った?

 その横顔は彼女には珍しく哀愁漂っていた。


「私はアンデルセン帝国の皇女、継承権第三位。側室産まれの皇女として、あまり良く思われませんでした。

 成長につれて、宮殿で虐遇を受けるようになり、母だけが私の味方でした。母だけが、私の理解者でした。

 しかし、その虐遇は母にまで手が及び……」


 その先は語られなかったが、察する事が出来た。

 マーリンは彼女のことを詳しく知らない。


 皇女なのだから、両親は帝王とその妃であって、政治に奔走しながらも家族は仲良く、国外の留学も国では父親が帰りを待ち侘びている。


 などと勝手に想像していた。

 多くの犠牲の上で幸せに暮らしているのだと。


「私がウォルフォード魔法国立学校にいるのは、母と仲の良かった伯爵様の配慮により、宰相から身を隠すためです」


 宮殿から追い出される形で魔法学校へ留学している。

 さらに、未だに宰相はアイリスの生命を狙っていた。

 それが、皇女の周りに渦巻く闇であった。


「逃げないの?」

「逃げません」


 皇女はマーリンの疑問を一刀する。


「泣きたくて折れそうになった時も、いつも思い出します。愛してくれた母、この火傷、貴女の母アリスさん、それにアルベルトさん。

 多くの犠牲を出さなければ成り立てない国を私は変えたい。だから、逃げません」


 それは、絵空事なのかもしれない。

 子供の持つ理想なのかもしれない。

 でも、それは、やってみないと分からない。


「私はこう見えて、

 ――とても我儘で

 ――とても強欲で

 ――とても理想が高いのですから」


「知ってる」


 知っている。

 こう見えてではなく、見たまんまなのだ。


「だから、一つ我儘を言わせてください。もし、将来、貴女が魔導騎士に成れなかったのなら、その時は


 ――私の騎士になってもらえませんか?」


 思いもよらぬ言葉であった。

 マーリンの嫌う帝国の騎士にならないかとの誘いであった。


「勿論、私が継承できたらの話です。継承して見せますが。その時は、内部を洗い流して一から改革するつもりです。だから、その時は、貴女に私の騎士になって欲しい。そして、もっと私の傍でアリスさんのお話をして欲しいのです」


 微笑みかける様に、彼女は言った。

 今も覚えている母の話を聞きたいと。

 二人の中で忘れないように。


「それじゃあ、魔導騎士に入れるように頑張る」

「えー、何でですか」

「帝国は嫌い」


 天邪鬼のように答えるマーリンにアイリスは頬を膨らませる。

 そして、互いに笑い合った。

 どうにも、私はこの皇女は嫌いになれそうに無い。

 マーリンはそう思った。


 だからこそ、魔導騎士になって帝国を潰してやろう。

 もっと勉強して、修行して、魔導騎士団に入団してやろう。

 そうだ、私の将来は、



 ――――退屈では無いようだ。




 ――――――


 物語の結末にはオチが必要と言われるが、それはローランが冒険者ギルドに帰ってきた時であった。


「わ、私は先にアイリスを送って行くとしよう」


 冒険者ギルド前に、明らかに様子のおかしい魔王が足早にアイリスを連れて魔法学校へ帰って行ってしまった。

 マーリンは依頼の達成と被害の報告のために同行している。


 それにしても、ギルドに近づくにつれて魔王の顔がどんどんフードで隠れていったことにローランは首を傾げた。

 一体何に隠れているのだ。


 ギルドに入るとローランは眉を顰めた。

 朝一に来た時よりも被害者の数が明らかに増えていた。

 それがゴブリンの活性化の所為なのであれば、かなり苦戦しているだろう。


 ローランはそう思いながら、リリアンのいる受付に向かう。


「あー、やっと帰ってきた!」


 リリアンの半眼が出迎えくれる。

 しかし、その目は歓迎していなかった。


「ゴブリン夜襲の依頼達成した。それと、被害報告がある」

「あ……。分かりました」


 リリアンの表情がきゅっと引き締まる。

 それは、帰ってきたのがマーリンとローランだけというところで察しがついたのだろう。

 リリアンは被害についての記入する書類を取り出す。


「それで、報酬についてですがどのようにします?」


 それは、亡くなった冒険者が多い時に聞かれるものだ。

 帰ってきた人数を報酬で割るのだが、犠牲者が余りに多いと受け取りにくいとギルドに返還や、遺族へ送られる時がある。


「報酬はギルドに返す。その代わりに、教会の墓所にパーティの石碑を建てて欲しい」


 それは、報酬全額を使う物であった。

 その言葉にリリアンは一瞬キョトンとするが、すぐに理解したようで感心したように鼻を鳴らす。


「了解です。遺品があれば受け取りますが」


 マーリンは火葬の際に預かっていた遺品をリリアンに渡す。

 これが、冒険者なりの手向けであった。

 そして、マーリンも少しスッキリしたようであった。




「あと、これローランさんへ」


 リリアンから一枚の書類が渡された。


「冒険者ギルド被害総額?」


 と書かれた書類であって、その内容は目を疑う物であった。


「はい、ローランさんの知り合いのアークデーモンからの

 被害を受けた冒険者への補償と

 ギルドの備品を壊した修理費、

 ギルド運営に著しい遅延が発生したその賠償金

 になっりまーす!」


「あいつ……」


 それは、冒険者ギルドでローランがマーリンの救援に向かった後に突如発生したアークデーモン討伐のゲリライベントの被害額の請求書であった。


 そして、ローランは全て理解した。

 なぜ、魔王がギルドに近づく度にローブを深く被っていたのか。

 なぜ、魔王がギルドの前に着くや否やアイリスを連れてかえってしまったのか。


「魔王――――――――っ!!」


 そして、ローランの怒声がギルドに木霊した。

 その時、事を察したマーリンの高笑いと満面の笑顔をローランは初めて見たと思う。

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