第62話 62 首無し騎士の勘違い

 声の主は転がるゾルアークの首の後方から現れた。

 何故かフードで正体を隠した様子で、その後ろにはもう一人、正体を隠した影が見える。


「ゾルアーク、懐かしいな」

『こ、この声は魔王様!?この世界に流れ着いておられたのですね』


 首の行動力を失ったゾルアークはカタカタと左右に微動するだけで魔王の姿を見ることが出来ない。

 その姿はまさに滑稽といったところで。


『魔王様、パラディンです。早く此奴を殺さねば、我らの繁栄は』

「その必要はない……」

『何故……。ま、まさか……、既にこのパラディンは魔王様の軍門に降っているということですか!』

「え?そ、そうだ……」


 あ、ゾルアークが思いもよらない勘違いをして魔王がたじろいだ。

 どうやら、ローランが魔王に既に負けておると勘違いした様だ。

 ローランからしてみれば「何故そうなる」と思うところあって、実は逆の立場になっているのだが。


 しかし、それは都合の良い勘違いだったためローランは言及することはなかった。


『成る程、ならば何故、某の命を奪わないか合点が言った。貴様、魔王に止められておったか』


「そうだっ!!」


 単純な理由、教会で大規模な儀式を手配するのが面倒臭いだけだったのだが、ローランはゾルアークの勘違いに乗ることにした。


「ゾルアークよ!ここは一度引け。また、何かあれば私から直々にお主に会いに行こう」

『承知、仕った!』


 そう言うと、先ほどまでの禍々しくしい魔力を纏っていたその兜と甲冑から気配が消えた。

 そして、動くことが無くなった。


 ローランは一息つく。

 どうやらゾルアークは媒体を捨て、怨霊となって何処かに消えてしまった様だ。


「怨霊になった奴は目が見えぬ。気配だけで動く霊じゃ。私と勇者の関係など、今は知る術はない」


 フードの下でにこりと笑う魔王。

 フードを脱ぎ、その美しい顔を露わにする。

 そして、後ろにいた影。それも正体を表した。

 脱げるフードの間から溢れる亜麻色の長い髪、魔王と双璧をなすその美貌はローランにとって意外なものであったが、彼女の行動力からしたらあり得なくも無かった。


 アイリス皇女が布一枚の変装でここまで来ていた。


「なんでここに?」

「あら、心配で飛んできたと言ったら意外ですか?」


 ふふっと、悪戯に成功した子供のような笑みを浮かべる。

 それは、業腹に感じるものでは無く、とても可愛げの溢れるものであった。


 どうやらマーリンの捜索に乗り出したローランの話を聞いて飛んできたそうで、魔王も止めたらしいが、止められなかったと。

 口と我儘だけなら魔王を凌駕している様だ。


「ローラン……。ありがとう」


 マーリンがその泥だらけの風貌でローランに近づいてくる。

 その際、一瞬アイリスを睨んでいた様だが、誰も気づいていない。


「いや、助かったのは俺の方だ。マーリンの魔術が無かったら倒せなかった」


 あのタイミングでの爆裂魔術は本当に助かった。

 あれが無かったら影手に捕まり、今頃真っ二つになっていたのはローランの方だ。


「ローラン、手伝って欲しい。私の仲間を葬ってあげたい」


 そういって一瞥するのは亡骸となった冒険者たちの姿であった。

 マーリンを認め、居場所を作り、仲間に誘ってくれた――マーリンの大切な仲間たち。


「あぁ、分かった」

「私も手伝わせてください」


 アイリスの一言にマーリンは答えることがなかったが、拒否することもなく、アイリスの性格上、それは肯定と受け取った。


 ――――


 土魔術で掘られた人一人が入る穴が二十個。

 それぞれ、火魔術で一度火葬してから埋める。

 これは、魔物や害獣に荒らされないための配慮であった。


「ドラゴンフライ」がここにいた事を忘れないための墓。

 手頃な目印になりそうな石を運んできた魔王の影手が丁寧に置いていく。


 全て埋め終わると、マーリンは両手を合わせて祈り、感謝する。

 そして、その隣にアイリスも並び、手を合わせた。


 その様子にマーリンは怪訝な様子を見せていたが、アイリスがふと口を開く。


「亡くなった人は、人から忘れられて二度死にます」


 それは、マーリンが亡き父を忘れまいと自身の心に訴え続けた言葉であった。


「この方たちが生きた証はマーリンさんや私たちの記憶にしっかり残っております」


 亡骸しか見ていない貴女に何が分かるか。

 そう言いたい気持ちもあったが、推し止まる。


「私は命を軽視する帝国が嫌い」


 独り言の様に呟かれたマーリンの言葉。

 アイリスは聞き流すことは無かった。


「私も思いますわ。アルベルトさんとアリスさんは残念でございました」


 アルベルトとはマーリンの父親だ。そして、最愛の母親アリスの名が皇女の口から飛び出てマーリンは目を見開いた。


 何故、知っているのか。

 何故、残念なのか。

 頭の中で疑問が渦巻く。

 そして、その疑問に答える様にアイリスは話を続けた。


「アリスさんは私に初めて魔術を教えてくれた大切な人でした。この手、火傷の跡なのですけれど、アリスさんに魔術を見せてとせがんで、見せてもらった火魔術を誤って握ってしまったのです」


 幼少期からその危なげな好奇心を持ち合わせていた様だ。


「それを機に魔術な大切や怖さを教えていただきました。勿論、怒られましたし、アリスさんも多くの人から咎められてましたが、強い方でした」


 そういって、まだ残る火傷跡をじっと見つめるアイリス。

 それは、アリスとの思い出を忘れないために、わざと残しているのではないかと思うほど、強く印象深い火傷なのだろう。


「その時、実はアルベルトさんの方が事態を重く捉えてしまって、その時の顔と言ったら、騎士ながらとても可愛らしいお方でした。ただ、その後すぐ……」


 戦争で亡くなった。

 マーリンの知らない一面を知るアイリス。

 マーリンの両親は確かに、皇女の中に生きていた。


「なんで……」


 マーリンの瞳から一粒の涙が流れた。

 なんで、そんなに、覚えていてくれているの?


「私にとって大切な方々でしたから。実は私も帝国が嫌いなのですよ、特にあの宰相ゲルト」


 それはマーリンの母アリスの殺害を手引きした男の名前であった。

 聞きたくもない名前であった。

 ただ、皇女はそれを嫌いと言った。そして、自身にとって誇り高いであろう、帝国も。


「どうして?貴女の国ではないの?」


 いつしか、マーリンも疑問を口に出す様になっていた。


「私の国などではないのです。だって、あの国は



 ――私の母を殺した国ですもの」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る