第61話 61 勇者と首無し騎士

 ローランは大きな爆発音のする方へ飛んできてみれば、そこに光景に息を呑んだ。

 沢山の動かない人影と動くはずのない首のない鎧。それに今にも殺されそうな親友の姿であった。


 魔王の予感が的中してしまい、唇を噛み締める。

 そこにいる鎧は前世でも見たことのある強敵であった。

 それが、この世界の敵なのか、それとも前世からの敵なのかは分からなかったが、それを倒さないといけないことだけは分かった。


『久しいな。パラディン』


 その一言で全てを察した。

 コイツは前世の魔王軍幹部、首無し騎士の……えーっと……。


「そうだな、ゾンビーフ」

『ゾルアークだ』

「そう、それ」


『相変わらず、煽りの上手い男だ。今回はあの乙女騎士はいないのか』


 乙女騎士とは、ローランと共に戦ったパラディン、オリヴィエであった。

 前世では、ローランとオリヴィエ、そしてマラジジの三人でゾルアークを討ち倒した。

 特にオリヴィエはゾルアークの攻撃を全て無力化していったのだから、彼には印象深いのだろう。


「オリヴィエはこの世界にいない。それよりも、貴様が何故この世界にいる」

『ふっ、解らぬ。某は気付けばここにいて、ゴブリンを統べただけである。寧ろ、貴様が何故此処にいるのかだ。まぁ、大体予想はつく、魔王様に討ち取られ、この世界に流れ着いたとな』


 ゾルアークは前世の行く末を知らない。

 ローランが魔王と相打ちになり、互いにこの世界に流れ着いていることを。

 ただ、教える義理もないとローランは思った。

 というか、「貴方の元主人は今、私の召喚獣になっております」など、逆鱗に触れる様な物であることくらいローランにも分かった。


『この世界は某に復讐の機会を与えてくれたようだな』


 鳴る金属音。それは、ゾルアークの戦闘態勢に入った記しであった。

 ただ、今のローランにとってはマーリンを傷つけられた怒りもあり、騎士道精神など露にも思っていないのであって、携えていた普通の剣を抜くと、そのまま斬りかかった。


『ぐっ!!』


 柄の短いトマホークにとって剣の間合いは苦手な物で、その斬撃を受け止めて攻勢に回ろうとも、ローランの素早さではまるで捉えることが出来ない。


 不用意に振りかぶって仕舞えば、たちまち、ローランの剣の餌食になる。

 また、ゾルアークはローランの馬鹿力を知っている。

 だからこそ、先程の鉄槌以上に、その一撃を喰らってはいけないと理解していた。


 ただ、それは前世の世界での話であって、今のゾルアークには秘策もあった。

 手が足りぬと有れば作れば良い。

 この世界には魔術があり、闇魔術は影から手が出せる。


 小競り合いの中に割り込むその影の手の気配を感じ取り、ローランは高く飛び上がり、距離をとった。


『むっ、避けるか。慣れておる様だな』


 勿論慣れている。

 この技を専売特許にしている魔王が掃除だなんだとローランをこの手で持ち上げるのだ。

 気配すら感じないあの魔王の手からすれば、今の影手など殺気まみれの何物でもなかった。


 ただ、しかし、ローランもこれで攻めにくくなった。

 長く、ゾルアークの間合いにいればまた影手が近寄ってくるだろう。

 ただ、距離を取れば奴の一方的な投擲に悩まされる。


 一瞬の隙さえできれば、あの胴体を二つに割れるのだが。

 ゾルアークはトマホークを投げながら、一定の距離を保っていた。

 向こうも考えていることは同じで、攻めあぐねているのだ。

 戦況は拮抗であった。


「埒があかないな」


 ローランの得意な戦い方はゴリ押しであった。

 だから、困った時は突き進むしか無い。

 ふたたび、間合いを詰める。

 ゾルアークは待っていたかの様に、影から無数の手を飛ばし、ローランの動きを封じようとする。


 しかし、素早く動くローランに手は追い付かず、その距離が一瞬で縮まる。

 慣性のまま、振りかぶった剣をゾルアークに叩きつける。

 分かっていたようにカードされる。

 そして、ローランの右足首にゾルアークの影手が絡み付いた。


『勝機!!』


 振りかぶったトマホークをゾルアークが振り下ろそうとした。


 ――その時。


 ゾルアークの左肩に火弾ファイアーボールが飛び、接触と共に小さく爆発した。


 ――爆裂魔術。


 ローランまで巻き込まないように制御されたそれは、ゾルアークを一瞬だけ怯ませる。

 術者は――マーリンであった。カゼマルと共に少ない魔力で爆裂魔術を放ったのだ。


『オノレ、またしても、貴様!』


 予期せぬ横槍にゾルアークは怒りを見せる。

 そして、マーリンに視線を移してしまったのが、最大の隙であった。


 ――ガキンッ!


 鈍い金属音と飛び散る火花。

 凹み、へしゃげ、力任せにその胴鎧は引き裂かれた。


『オノレ、オノレ、オノレ』


 壊れた様に繰り返す兜。

 胴鎧が地面に転がると、手足の鎧も動かなくなり、兜だけがローランを睨んでいる。


 ローランは知っていた。

 ゾルアークは元々怨霊であって、鎧は憑依している媒体に過ぎず、その媒体を破壊すれば動くことが出来ないことを。

 ゾルアークはもう、媒体から抜け出し、無力な怨霊となって逃げざる終えないことを。


「決着だな」

『……おのれ。この恨み、ぐぬぬ……』


 表情のない兜でもわかる憎悪の感情。

 ただ、頭だけになったゾルアークには何も出来なかった。


『殺せ……』


 覚悟を決めた様に呟いた。

 ただ、コイツは殺すというより成仏させるのだが、前世は教会で大規模な儀式とかしたことを思い出す。


「面倒くさいなぁ……」


 本音である。


「戯れておる様じゃな」


 その時、聞き慣れた魔王の声が聞こえた。

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