第60話 60 主席魔女と足掻き
――死にたく無い。
地面に叩きつけられる。
酷い悪夢であるのなら早く醒めてほしいと思った。
今、この瞬間、生きているのは自分だけだと自覚してさらに恐怖が増す。
近づいてくる金属音と生命に反した首のない騎士。
手には三本目のトマホークが持たれていて、いつでもマーリンの首を刈り取れるようにその刃をぎらつかせている。
足の震え止まらない。
立ち上がるところが、もがく事も出来ない。
魔術で抵抗したくても、口が上手く回らない。
混乱、絶望、恐怖。希望などない、ただただ、心の中に響き渡る声。
――死にたくない
――死にたくない
――死にたくない
後悔、心残りが走馬灯の様に流れる。
退屈だと思っていた自分の人生はまだまだ明るかったのだと、やりたいことが一杯あったのだと、今、死に直面して初めて自覚してしまった。
――東の国の温かい温泉に入ってみたい。
――南の国には広い砂浜があって、白波は太陽に反射して絶景で見てみたい。
――北の国では夜空に虹のカーテンが靡くという。この瞳に焼き付けたい。
――西の国の聖教都では冬に大規模な女神の生誕祭が行われる。その祭りを見てみたい。
やりたいことだらけで、何が退屈であろうか。
私の人生は夢いっぱいではないか。
でも、もう終わりだ。
こんな化け物に勝てるはずもない。
あの小さな斧で頭を割られて私は死ぬのだ。
せめて、痛く無いのがいいな。
ゾルアークはマーリンに近づく。
死を受け入れようとする彼女に、死告げ人は無用な攻撃などしない。
ゆっくりと、その金属音を響かせてながら、マーリンの元までやってきた。
『潔や、良い』
いたのにか腕に持たれ凹んだ兜がマーリンを讃える。
そして、また、小刻みに金属音を鳴らす。
――笑っている。
高く振り上げられたトマホークは雷の様にマーリンへと振り下ろしさんとする。
しかし、どうしてだろう。
そのカバンから飛び出した一匹の小さな小さな生命が、ゾルアークに突撃すると、まだ拙い風魔術で少しであったが吹き飛ばす。
「カゼマル!?」
「キィー!」
小さな身体で二メートルを超えるゾルアークに威嚇する。
ブリーズウィーズルの子供、カゼマルがマーリンを助けたのだ。
今の主を殺させまいと、怖くも無い威嚇を必死に続けていた。
自分が死んで仕舞えば、カゼマルも殺される。
獣だとゾルアークが見逃しても、この森の獣に殺されてしまう。
親を殺してしまい、親代わりとして面倒を見てきたマーリンまでも殺される。それはカゼマルにとってとても残酷なことだと気付いた。
マーリンは母が殺される時、何も出来なかった。
それは子供だからと言い訳してきた。でも、目の前にいる小さなイタチは子供でありながら、親代わりの自分を守ろうと立ち向かっている。
これでは、私が立ち上がらなくてはいけないではないか。
心が生に執着しているのなら、それを行動に移さなければいけないのではないだろうか。
小さな魔女の吹き返した瞳の光に首無し騎士は小さく笑う。
『折れた心が戻るか。挫折の悪魔を退けたか』
カゼマルには感謝しないといけない。
私の知らないことを教えてくれた。
せめて、イタチの最後っ屁であっても、あの顔のない騎士のギャフンとした顔を見てみたい。
無数の
その一つ一つに回転がかかっており、その甲冑を貫こうとしていることをゾルアークは瞬時に察知する。
ゾルアークは
しかし、下がる瞬間にトマホークがマーリン目掛けて飛んでくる。
「キィー!」
しかし、そのトマホークはカゼマルの風魔術により明後日の方向へと吹き飛ばされてしまう。
人と獣の連携であった。
人が攻撃し、獣が守る。
次に放ったのは火の魔術であった。
ただ、中身のないゾルアークにとっては効果が無いようで、簡単な受け切ってしまう。
しかし、マーリンの狙いはソレではなく。
投擲が無効にだと理解したゾルアークは接近にてマーリンを倒そうとする。
その時、
その瞬間、待っていたかのように水魔術「氷結」を使う。
その水溜りが一瞬で凍り、足を踏みいていたゾルアークの動きも止めてしまった。
『おのれ!』
ゾルアークの鈍い唸り声が響く。
小賢しい真似だとわかっている。
所詮は時間稼ぎであった。
マーリンが次の呪文を詠唱する。
それは、カゼマルに教えていた火魔術と風魔術の合わせ技「爆裂魔術」
普段は二人の魔術師が居ないとできない混合魔術であるが、ブリーズウィーズルであるカゼマルとなら出来る技であった。
身動きの取らないゾルアークに向かって、最大限の爆裂魔術を放つ。
大きな爆発と共に突風が巻き上がり、当たりの木々を揺らし、ゾルアークの居た場所には巨大なクレーターを作る。
余りにも大規模で迷惑な攻撃にマーリンは街では使えないなとボヤく。
ただ、その忌々しい甲冑はまだ稼働していて、焦げた甲冑であったが、体躯を保っていた。
『おのれ、よりにもよって忌々しい爆発特性とは。思い出しただけで忌々しい。某の戦術を全て無に還したあの愚者の矢を』
ゾルアークは地団駄を踏んでいる。
攻撃をされたことに悔しがっているというよりかは、思い出したくもない過去を思い出して悔しがっている様子だ。
物理攻撃より精神攻撃が成功した様に思えた。
『タダでは殺さぬ』
ただ、その精神攻撃は完全なる宣戦布告となってしまったわけで、その殺気は先程までのそれとは比べ物にならない物であった。
風切り音。
カゼマルが咄嗟に目に見えぬ程の速度で飛来するトマホークを弾く。その数二本。
軌道が逸れたトマホークは後ろの樹木を三本ほど切り倒して止まる。
明らかに威力が増していた。
そして、また風切り音。
しかし、その音は大きい。
カゼマルが弾こうと動いたとき、ソレがゴブリンの持っていた大きな盾であったことに気づく。
トマホークと思って弾こうとしたカゼマルはあまりにも大きな盾に力足りずに激突する。
「キィッ!」
鈍い悲鳴が鳴る。
「カゼマル!!」
気を失ってしまった様で、カゼマルは動かない。
そして投擲の盾が無くなったことにマーリンは気づく。
風切り音がまた聞こえる。
咄嗟に風魔術でレジストすると、三本のトマホークが軌道を逸らして、後ろの木々を切り裂いていた。
防戦になり攻撃に回れない。
さらに投げられるトマホークの数も増えている。
というか、何処からそんなに出しているのだ。
そしてまた、飛んできていたのは大きな盾であって、マーリンは風魔術で吹き度はしてみせる。
「っ!?」
しかし、その影。
一本のトマホークが吹き飛ばした盾の影から現れる。
死角であった。詠唱も間に合わない。
それの軌道は、美しいほどにマーリンの額であった。
終わった。
私は死ぬのだ。
その瞬間だけは全てがスローモーションであって。
飛んでくるトマホークの刃さえ捉えることができた。
しかし、そんなスローモーションの中でも、その少年の接近と飛んでくるトマホークを掴み取る瞬間は捉えることができなかった。
「ローラン!?」
「間に合ったか!」
『なに!?貴様はパラディン!?』
その場で一番驚いていたのはゾルアークだったのかもしれない。
前世の役職で呼ばれてローランも気づく。
奴が魔王軍幹部、首無し騎士ゾルアークであることに。
『貴様がなぜ此処に!?おのれ、おのれ。先程から嫌な記憶ばかり掘り返したって。オノレ、オノレ』
壊れた機械のような同じ言葉繰り返すゾルアーク。
ただ、ローランはその様子を強く、鋭い視線で見ていた。
「マーリン、コイツらはアイツにやられたのか?」
マーリンは頷く。
「マーリンもか」
マーリンは頷く。
「分かった。
――――後は任せろ」
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