第45話 45 魔王降臨 3
クラスにいた誰もがその澄んだ声を疑った。
それはローランは勿論、亜麻色皇女の正面に座る魔王ですら、その素っ頓狂な顔を隠し切れてはいない。
ほんの一瞬、クラスを静寂が支配する。
短い時間であったはずなのに、それはとても長かった。
それほど、誰もが、この皇女の行動に注目していたのだ。
担任であり、この空間の最大の責任者ですら、目の前の状況を抑えられない。それ程に彼女は今、じゃじゃ馬なのだ。
これが、現行の生徒会長。街を巻き込んだ大掛かりの夏祭りを画策した張本人。
一瞬の間を置き、再び口を開く。
「いかがでしょう」
にこりと微笑む。
これが魔王ではなく並の男子であれば、恋の病を患ってしまう罪な微笑みであろう。
そしてローランは背中越しに感じる。これは召喚師と召喚獣の間柄からなのだろうか。
――私はどうすればいいのだ?
魔王には珍しく、焦燥感に溢れる視線。
ローランはクラスを見渡す。
クラスメイトたちは各々、ひそひそと話をしている。
「俺、マオさんなら投票してもいいかな」
「おい、今日転校したばかりだぞ。駄目だろ」
「アークデーモンだぞ。人間じゃない」
「今の生徒会長にも引けを取らない美貌を持ってるし有りかな」
「ジークフリートがさー」
ん?何か混じってるな。まあ、いい。
賛否両論といったところだが、思ったより賛同の声が多い気がする。
それは、異種族が上に立つという好奇心からか、それとも魔王が持つカリスマ性からか。
「マオさんのご主人様は如何ですか?」
アイリスは振り向き、ローランに視線を落とす、
まるで、演劇の一幕のような計算された動きに、周囲から感嘆の声が漏れる。
まるでスポットライトが降りているかのようなオーバーな演技じみた動きにローランは困り顔を見せる。
「まぁ、魔王は今日転入したばかりだし、早いんじゃないか?」
「あら、調べてありますわよ。マオさんが召喚されたのは今年の冬、それからはローランさんの部屋で過ごして、学校にも出入りしていると。確かに、二年と半年過ぎる皆様と比べたらマオさんはまだまだ学校に不慣れかもしれない、しかし、それなら何故、来年まで待ち、一年生から始めなかったのでしょう」
アイリスの言う通り、元々は一年生から始めるという話だった。これは校長の強い希望だった。
しかし、そうなるとローランが三年、魔王が一年となり、召喚術師と召喚獣が離ればなれの期間が生まれてしまうという懸念が浮かび上がったらしい。
セシルの試験やサラの証言、学校のシステムの理解などにより、魔王は二年生からでも十分な実力があると評価されて、ローランと同じ二年への転入という形となった。
「それだけ、彼女が研鑽を積まれた証拠であります。マオさんは魔術の将来を展望しております。また、学生でも教員でもない第三者として学校を利用し、その視点を持っている。更に、これからは学生としての視点も持ちます。それは生徒会長として特質すべき長所ですわ」
さもありなん。
「しかし、アークデーモンだぞ?」
そう、アークデーモンである。人族ではない。
エルフやルーガルー、ケットシーと言った多種多様な人族が集まる魔法学校であるが、アークデーモンはいない。
それは、アークデーモンは魔人といった、人族とはまた別の生物に属するからだ。
ましてや、前世は種族の最上位に立ち、人族を殲滅する為に指揮を取った存在。
そんな魔王を魔法学校の生徒会長に据えて良いものだろうか。
「寧ろ、校長先生はそれを踏まえてマオさんに興味を持たれているのではないでしょうか?人智を超える魔力と知性を持ち、それでいて、人を惹きつける魅力すらもっている。魔法学校でも皆々への良い刺激になると判断されたものと存じます。さて、それで、異種族というのはそれほど大きな問題になることでありましょうか?」
人族と魔人など、魔法学校の内側では些細なことであって、それを気にするくらいなら、実力で魔王を超えて見せろと言わんばかりの顔でアイリスは話す。
これだけ、生徒会長であり皇女である彼女が魔王を慫慂するものだから、クラスは魔王が生徒会長へ立候補すると確信してしまっていた。
担任のセシルでさえ、今年は魔術科が生徒会長だと確信した顔をしている。いや、止めてくれよ。
――どうするのだ。
声は出ないが口だけを動かして魔王がローランに合図する。
ローランも首を振るしかなかった。
ローランにとって苦手な口が立つ女性であった。
「あら、いけません。ホームルームの時間を超えてますわね。私としたことが。マオさん、今日はこのくらいにしておきますが、良い返事が聞けたらと思いますわ
――生徒会長になれば、
最後の言葉は魔王の耳元で話された。
クラスの生徒にもローランにも聞こえない声で。
そうかと小さく呟く魔王。
魔王の瞳にはほんの少し光が走ったようにローランは見えた。
そして、ローランはある少女を一瞥する。
先程まで、生徒会長に立候補するであろうと拳を強く握り締め、決意を表していたマーリン。
しかし、今の彼女は肩を小さく振るわせていた。
それは、魔王が立候補するかもしれないと言う不安では無いとローランは感じた。
もっと大きな、例えば、国を恨む臣民のような。怒り、憤り、業腹しかねる感情のこもった震えであった。
――まるで、アンデルセン帝国を恨んでいるかのような。
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