第46話 46 勇者と皇女というムスメ
台風は過ぎ去った。
二時限、三時限と学校の授業は進み、魔王の心理を知りたいと休み時間に話しかけようとするも、転校生特有のクラスメイトエンカウントによって魔王に話しかけることが出来なかった。
案の定、昼休みも女子グループにより拉致された魔王であって、話題は年頃の女子らしいファッションであったり、コスメであったり。
最近、シャロの影響もあり、この世界の服に興味を持ち出した魔王にとっては良い情報収集の機会になっていた。
しかし、ローランにとってはそれどころではなく、朝の件について尋ねようと、そのグループに近づくと、男子禁制の花園とのことで門前払いを食らった。
ローランは取り敢えず、その女子グループが飽きるのを待っていたのだが、少し目を離した隙に魔王が消えた。
なので、捜索のために教室を飛び出て、今は校内を歩いていた。
魔法学校では食事の後に少し長めの昼休みの時間がある。
この時間は皆、それぞれの時間に使われて、例えば中庭でアフタヌーンティーに勤しんだり、スポーツをしたり、シエスタしたりと様々だ。
ローランのようにただ散策する者もいる。
今は魔法学校の本館を歩いていた。もしかすると、職員室に呼び出されたのかもしれないという勘を当てにしたのだが。
本館は魔法学校の顔と言われる施設であった。
エントランスには高く円形のドーム天井となっており、色とりどりのガラス細工がふんだんに使われており、見あげるものを感嘆の渦に誘い込む。
広くとられた廊下には等間隔で円柱がそびえ、その上の柱頭にはこの世界では高位で強さの象徴と言われるドラゴンが彫刻されている。
壁には金色の装飾が施されており、細かなところまで職人の粋な計らいが刻み込まれていた。
ネオクラシック様式を採用した魔法学校本館は荘厳で崇高美を体現したような空間であった。
ローランはこの廊下が特に好きであった。
それは過去の記憶からによるものであって、彼の仕えたオルランドの宮殿がまさにこのような感じであった。
過去の情景と照らし合わせながら、廊下を歩く。
すると、見慣れた顔が声をかけてきた。
荘厳な廊下には少々派手に感じる赤い髪に、引き込まれるようなキャラメル色の双眸をこちらに向けて、戦士科二年のハイメが声をかけてきた。
「よう、ローラン」
屈託の無い清々しい笑顔で話しかけてくる。
「おう、ハイメ。魔王を見なかったか?」
「マオさん?うーん、俺はさっきまで購買部にいたんかだが、見てないなぁ」
転校する前までの魔王が一番出没する場所は購買部であった。
それは、魔軍進行の最前線。というわけではなく、エプロン姿にエコバックをもった魔王の主婦最前線であった。
流石に学校生活中に夕ご飯の買い出しはしていないようだ。
「そういや、マオさん転入したんだっけか」
「あぁ、戦士科まで話が行ってるのか」
「シャロから聞いた。どうだった?制服姿。綺麗だったか?」
ハイメはニヤニヤした顔をする。
どうにもハイメは魔王の容姿をローランの趣味と思っているようで、何かと感想を聞き出そうとする。
まぁ、確かに、普段ドレスやらエプロンやらで大人びた風貌を中心にする魔王が、学校の魔術師ローブに身を包んでいた姿は新鮮であったが……。
「特に、普通だったよ」
「ふうぅ〜ん」
ハイメのニヤニヤは止まることを知らず。
ローランも面倒くさそうな顔をする。
「ローランさぁ、今のお前の部屋、異常だからな!年頃の乙女が二人も甲斐甲斐しくお前の世話をしてるんだぞ」
「それは別に世話されてないぞ」
「嘘つけ、俺はシャロから聞いてるからな」
シャロはまた何を話しているのか。
というよりも、シャロが女性と明かしてからもハイメはシャロと良き親友であった。
シャロのローランへの悩みはよくハイメに回りくどい形で愚痴られている。
「お前もさ、いつまでもそばに居てくれると思ったら痛い目見るからな」
ハイメが意味深な事を言うとローランは首を傾げる。
いよいよローランは自身の女性関係の話が面倒になってきたので、話題を変えようと考える。
「そういえばハイメの実家ってアンデルセン王国だったっけ?」
「ん、あぁ。そうだけど」
ハイメは不思議そうな顔をする。
なぜ今そんな事を聞いてくるのかといった風だ。
「アイリス皇女ってどんな人なんだ?」
ローランの問いにハイメはははーんと目を眇める。
「次は皇女を口説く気か?」
「ち、違うわ!」
ローランは慌てて否定する。
その慌てようにハイメの細くなった目もさらに細く眇める。
そしてため息を漏らし。
「あのさ、あんまシャロを泣かせるなよ」
「なんで、今シャロの話になる!!」
「まぁ、聞いてくるってことは何か気になるところがあるんだろ?そうだなぁ……アイリス皇女か」
ハイメは天を仰ぐ。
思いを巡らせるように、何か考えて口を開いた。
「――彼女は悲劇のヒロインだな」
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