第44話 44 魔王降臨 2

 魔王の入学について知っているのは生徒ではローランとシャロとルナの三人だ。

 魔術科はローランしか居ないので、勿論、他の生徒は驚いている。


 特にマーリンの驚きようは他の者を凌駕していた。

 彼女の魔王へのリスペクトは強く感じていたので、これは面白いサプライズになったのであろう。


「お久しゅうございます、皆さま。ローラン・バン・キャメロンが召喚獣、アークデーモンのマオでございます」


 彼女はローランの聞き馴れぬ、というか、吹き出して笑いそうになる程不自然なとても礼儀を弁えた挨拶をし、ローブの下に着ていたスカートをひらりと持ち上げて、淑女の仕草を見せる。


 金色の双眸は長い睫毛を持つ瞼が隠し、魔王であるが、女神のように柔らかく微笑んでみせる。

 何人かの男子学生から嘆息が聞こえるほどだから、まさに、魔性。


 聞き心地の良い透き通った声は、鈴よりも美しくて、その自己紹介がずっと続けば良いのにと思っているのだろうが、ローランは自分の名前を出されて恥ずかしくて今すぐやめて欲しいと思う。


「私は魔術にとても興味があります。また、この学舎で多くの友を作り、共に成長したく存じます。アークデーモンと言う、皆様と異なる種族ではありますが、どうか、一視同仁、仲良くしていただければと思います」


 魔王が魔王たる由縁を垣間見たかのような、いや、魔族でもお嬢様であったようで、挨拶にとても馴れていた。

 魅了された何人かからは静かな拍手が起こり、魔王はゆっくりと一礼する。


 それは、転校生の挨拶ではなく、まるで、魔王の即位式のような威厳と格式を感じさせるようであった。

 担任のセシルでさえ、今いる場所を教室では無く、まるで王宮と錯覚してしまうほどに。


 ローランは恥ずかしいので早く終わって欲しいと思った。


「えー、彼女はとても優秀だ。夏休みの間に行った試験では上位の成績だ。マーリン、アーサー、油断していると足元を救われるぞ」


 上位二者を名指しで脅すセシル。

 魔王はすまし顔でそれを聞き流し、アーサーはほうと鼻を鳴らす。

 マーリンに至っては珍しくまだ理解が追いついていない様子だ。


 結構、パニックになると解くのに時間がかかるのかもしれない。

 マーリンを倒すにはメダパニを覚えるといいかもしれない。閑話休題。


「席は取り敢えず、保護者の後ろにでもつけておくか?」


 そういうと、ローランの後ろの誰も座っていない席を指さす。

 周りの視線がローランに集中し、ローランはため息をする。


「勇者、どうであったか?」


 まるで一人の女子学生のように微笑みかける魔王に勇者は目も合わせない。


「はいはい、よかったよかった」

「なんじゃ、つれないのう」


 いつもの自分の部屋と変わらないやり取りで返してやるのだが、それだけで、殺意が凄い。クラスの男子生徒からの。


 今にも火魔術の集中砲火が起こるのではないかと冷や冷やするその視線をローランは一身に受ける。

 やりずらい……。


「よもや、私も学舎に来ることができると思ってもみなかった。これから、よろしくお願いしますね――勇者」


 それは、魔王を召喚した時と同じ台詞であったが、あの頃とは違った明るく笑いながら話す彼女から出た言葉はまるっきり違うもののように感じた。


 希望もなく、生きる意味を見出せないでいた迷子のように感じたあの頃、召喚した時とは違う、希望に満ち溢れていた。


 ローランはその一連の流れで魔王に魅了された、訳ではないのだが、何故か、そのまま席に着く彼女を目で追ってしまった。

 その変化に気づいてしまったから。


 座る位置を整え、一息ついた魔王と目が合い、首を傾げる魔王に居ても立っても居られず、正面へと向き直る。

 なんか、こう、彼女も変わっていっているのだなと思ってしまった。ローランの勝手な判断かもしれないが。


「あとは、生徒会総選挙が今月末にある。メインは二年生だ。特に会長、副会長は是非魔術科から出て欲しい。去年は治癒科と戦士科にもっていかれたからな。……てゆうか、帝国身内とか卑怯だろ」


 先生、思念が出ています!

 と思いつつ、マーリンを横目に見る。

 流石にメダパニからは解けているようで、机の上で小さな手をぎゅっと握り締めていた。


 ――立候補するのだろうな

 ローランは思う。

 彼女の目標のために。


「あと、立候補するものは推薦人も必要となる。二人は全校生徒前でスピーチがあるから覚悟しておけ。魔法学校の生徒会役員を生半可な気持ちで挑むなよ」


 少し強張った言い方で脅すようにセシルは言う。

 今年こそは魔術科から役員を出すという必死さの表れか。

 そういえば、生徒会長、副会長、書記はそれぞれ治癒科、戦士科、火砲科であった。

 成る程、魔術科は除け者だ。

 魔法学校なのに。


 恐らく、魔法科室長にでも発破をかけられているのだろう。

 担任が必死になるのも頷ける。

 ――俺が立候補するのもアリだな

 などと、ローランが生半可な気持ちで挑もうとしていると、突然、教室の扉が開いた。


 セシルは担任という立場上、反射的に注意する。

 しかし――


「おい、今はホームルーム中――お前は……」


 そこには、ここにいるはずのない少女が立っていた。

 皇女として麗しい亜麻色の髪色に帝国ではよく見られる深紅のような赤い瞳。

 入るなり開かれた声は深く澄んでおり、魔王に魅了された男子生徒はまた、教室に飛び込んできたお転婆な皇女殿下に感動のため息を漏らした。


 羞花閉月は二度降臨する。

 そこに立っていたのは、アンデルセン帝国皇女アイリス・アンデルセンであった。


「やっと見つけました」


 心地よい、銀の鈴のような声が教室を包む。

 これは皇女の声であった。


 彼女は皇女としてははしたない駆け足でローランの元へと走る。

 その殺気が追うようにローランに向かう。

 ローランも何故こちらに来るのかわからなかったが、成る程、今、皇女はローランを通り過ぎた。


「職員室で見かけましたの。お名前を聞かせてくださる?」


 黒と金の交わりと言うべきか。

 金と言っても淡いベージュであるが。

 アイリスの手が魔王の手を包む。


「まぁ、マオさんと言うのですね。素晴らしいお名前でございます。初見で、不躾な私でございますが、少々お願いを申してもよろしいでしょうか」


 彼女は周りの人様子など全て黙殺し、眼前の魔王に集中しておる。

 誰も止めようとはしない。いや、止めれないのだろう。

 この、美しすぎる状況に。


「なにか?」


 魔王は少し警戒した声色で返した。

 アイリスは緊張していたのか、深く深呼吸をすると、


「あの、


 ――生徒会長に成ってくださりませんこと?」

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