第43話 43 魔王降臨 1
魔術科二年の教室に入る。
治癒科の中庭にある温室からは距離のある教室であるため、ルナの配慮により予鈴より早くに着く。
教室には大体の生徒が登校しており、夏休みに共に依頼を達成したマーリンや、夏祭りに姿を見かけなかったアーサーもすでに席についていた。
アーサーは相変わらず取り巻きを侍り、夏休みの出来事を自慢げに話している。
彼は王国でも名家、ペンドラゴン家の御子息である。
ペンドラゴンの名声はこの魔法国にまで届いているらしく、その名声になびいた輩があの取り巻きである。
相も変わらず勇者だの英雄だの言っているのだが、今回は内容が少し違っていた。
「ごきげんよう、ローラン」
いつものような嫌味たらく、鼻につく挨拶ではなく、とてもご機嫌なことが伺える口調で彼が声をかけてくる。
何かいいことがあったことを聞いて欲しくてうずうずしているような。
尻尾を振る犬のようで可愛らしい。
「なにか、いいことがあったのか?」
特に無碍にする理由も無かったので、ローランはアーサーの話題に乗ろうと思う。
アーサーはふふーんと鼻を鳴らす。
「いやー、今回の夏休みはとても有意義であってね。俺の屋敷に来たんだよ」
回りくどく、勿体ぶって彼は話す。
それはとても得意げでまるで自分が成し遂げたような顔振りであった。
俺の屋敷という言い回しもまた鼻につく。
「何が」
「気になるのかい?仕方ないな。実はね、あの!勇者ジークフリートのパーティが俺の屋敷に来たんだ!」
ローランは眉を寄せた。
勇者ジークフリート……し、知らない。
しかし、周りの歓声や拍手からしてかなりの大物なのかもしれない。
「あ、あの、勇者に最も近い男、ジークフリートに会っただと!?」
「遠征活動中と聞いていたが、王国にいたとは……」
「竜殺しのジークフリートなんてかっこいいわ〜」
「魔剣バルムンク、一度いいから見てみたいよなぁ」
取り巻きよ、解説をありがとう。
成る程、この世界で最も勇者に近く、遠征活動中で竜殺しの異名を持つ魔剣と呼ばれるバルムンクを持った人間。
しかし、ローランはぴんとこず、首を傾げていると、アーサーはにやにやした顔でローランを見る。
「驚いて言葉も出ないようだね。俺は本当に恵まれた男さ」
キラキラと金粉でも撒き散らしてるのかと思うほど輝いて見えるような錯覚に陥る。
「彼らはね、またドラゴンを倒す計画を立てているらしいんだ。それで、王国に助力を願いに来ていたのさ。俺の屋敷にはその間宿泊してもらったのだよ」
ローランは特に興味もなかったので、適当に相槌を打っていると、アーサーはより気分を良くしたようで、饒舌に話してくれる。
「その時にね、なんとね、俺をドラゴン退治に連れて行ってもいいって言ってくれたんだよ!兄さんたちは世辞だというけれども、あれは間違いなく本気だね。見抜かれたよ、俺」
再び、取り巻きの歓声と拍手が響く。
やかましい。
「やかましいぞ、お前ら」
ローランの心情を代弁するようにセシル・エルマネが相変わらずの高い書類のビルディングを引っ提げて教室に入ってきた。
眼鏡の奥に光る碧眼の双眸はアーサーとその取り巻き、ついでにローランを睨む。
それと同時にホームルームを告げる予鈴が鳴った。
素晴らしい時間配分である。
「ホームルームだ。皆、久しぶりだな――」
セシルの挨拶が始まる。
三学期制を採用している魔法学校での二年生での二学期ということもあり、学校生活の真ん中に差し掛かることを話す。
その為、これより就職なども視野に考えていくようにとお堅い話を生徒たちは各々、真剣に聞く者や気怠そうに聞く者、どこ吹く風と聞いていない者。
ローランは卒業後については特に考えていない。
この魔法学校に入学した理由も魔術を学びたいからという前世になかった魔術への好奇心。
マーリンのように、魔導騎士団に入るといった明確な目標というものは無かった。
そう思うと、学校生活もあと一年半、その後も考えなければいけないと思う。
前世では家柄上、騎士となり、カール大帝こと王シャルルマーニュの元でパラディンに属し仲間と共に魔王と戦った。
騎士についてはなりたいというよりはいつの間にかなっていたと言った感じで、パラディンも同じくであった。
そう思えば、この世界では職業選択の自由があるのだなと思う。また、冒険者のような自由気ままな暮らしというのも憧れる。
ジークフリートのような勇者はもう体験したので興味は無いが、指示したり、指示されたりして魔王軍と戦い、忙しかった前世とは対照的な冒険者もとても魅力的に感じる。
シャロも冒険者には自由があると言っていたし、それもいいかもしれない。
「――と、私が一週間悩んで考えた挨拶はこれぐらいにして、今日から新しく学びの友が増える、入ってこい」
ローランが将来について考えていると、ホームルーム中にも関わらず一人の生徒が入ってきた。
とても顔馴染みで、それはこの世界にいる誰よりも一番印象に残っている顔である。
勿論、今そこにいることも知っている。
特に驚く事はないが、周りの生徒たちは感嘆の声を上げる。
それは、彼女の美貌からなのか、それとも、オーラとかカリスマ。または一年の進級試験を覚えており、彼女の正体を知っているからだろうか。
相変わらずの星空のような黒髪に黒く濁ったティアラのような二本のツノ。
琥珀のように美しい金色の双眸を光らせ、いつ見ても見慣れない魔術科のローブを羽織った魔王がゆっくりと教室に入り、降臨した。
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