第41話 41 勇者と首席魔女 3
その世間知らずに眠る姿はつい先程、守る親であったものの死を知らない。
もしかすると、死というものすらまだ理解できないくらい小さな存在であった。
ブリーズウィーズルは春が終わり夏を迎える頃に子供をもうける。
その際、子供はたくさん生まれるのだが、そこにいたのは一匹のみである。
考えられるのは、兄弟もまた死に絶えている。
自然の摂理、自己防衛という名の人間の虐殺。そういったこの小さな存在の理解の及ばない出来事に巻き込まれて、唯一としてそこで生命を維持している。
「どうしよう」
シャロは悲しい顔をみせて呟く。
森に住む住人としてわかる。この小さな存在のこの先を。
自然の摂理によって長くは持たない、風前の灯となってしまった生命を。
親イタチは沢山の子を失い、山を訪れた村人に見つかり、調査に来た冒険者と出会った。
この子を守るために、夜行性という本能に逆らって戦った。
無念のまま、この絶命した顔は怨念を残すかの如くローランたちへ向いている。この小さな存在を見つけてしまうと、それはもう呪われてしまうかのような感覚を覚えて不気味だ。
「一緒に逝かせてあげるのがいいんじゃないか?」
このまま、戦う術も知らないまま、この森に棲み続けることは難しい。
他の害獣に弄ばれて殺されるよりは、ここで潔く逝かせてあげた方が親にもこの子にもいいのではないとローランは思った。
そして、万が一、生き延びたとして、親の死を人間によるものと理解できてしまった場合、襲われるのはこの麓の村人である。
後々のことを考えるとここで始末しておくのが最善だ。
「でも気が引けるよね」
シャロの表情は変わらない。
怒り狂う親イタチとは戦えても、無抵抗に、こんなにも安らかに眠る小さなくてかわいい子供に手をかけるのは躊躇する。
「仕方ないでしょう。私がやりましょうか?」
ニィーブは嫌われ役を買って出る。
彼女も好きでやりたくて言っているわけではない。その碧眼の奥はシャロと変わらない悲しいものが感じ取れる。
ただ、ローランは先程から、この子イタチを見つけてから一言も話さない、これまた小さな存在に気をかけた。
マーリンである。
ただ、じっと、何かを考えている。
ここにくるまで、お世話になった孤児院と言っていたように、親を失ったこの子イタチを自分と照らし合わせているように思った。
「待って」
いつもの気怠い声ではなかった。彼女から聞いたことのない玲瓏な声あった。
一番驚いていたのはニィーブであっただろう。構えていた杖を思わず落とし、声の主を探していた。
間も無くして、自分の師である事に気づき、また目を大きく見開いていた。
それだけ、マーリンの放った声やそれから感じ取れる感情というのは珍しいまであるのが窺えた。
「私が面倒見る」
ローランの予想は当たった。
「まって、持って帰るの?」
シャロはマーリンの発言を確認するように聞き返す。
だって、面倒を見るということは街に連れて行くのだ。
親のブリーズウィーズルがあれほど凶暴だったのだ。
見つかれば騎士団が動くし、連れ込んだ者もタダでは済まない。
「そのつもり。上手くやる」
彼女はいつもそう言う。
何を、どう、具体的に話すことはない。
しかし、だいたいうまくいく。
シャロはため息混じりに息を吐く。
シャロはマーリンとの関わりは少ない。
ローランのクラスメイトで頭のいい魔術師くらいの印象であったが、ローランと同じくらい無謀な人だと言う新しいステータスが追加された気分だ。
シャロにとって、飼う飼わないはどうでもいい。
自分が世話するわけではないから。
ただ、ローランのクラスメイトが危険な目に遭うのは気が引ける。
「マーリンが上手くやれるんなら、大丈夫だろう」
シャロが異議を唱えようと息を吸った時、ローランは肯定の言葉を淡々と呟いた。
ローランとマーリンには二人だけのなにかわかり合っている雰囲気がある。
正直、シャロはそれがあまり良く感じない。自分にはないから。
「ただ、手は貸すから。困ったら言ってくれ」
ローランはマーリンよりもその小さく穏やかな姿を持つ子イタチを眺める。
マーリンはただ、うんと頷いた。
――――――
討伐系の依頼完了の報告には討伐した害獣の素材をギルドに提出する。
そこで、鑑定士による調査が行われ、正式に依頼完遂の報告を受ける。
リリアンは「おつかれさまでーす」と軽快で快活な笑顔を振りまく。
自分の提案がまんまと上手くいったことや、無事四人が重い怪我もなく帰ってきたことを歓迎している顔である。
ただ、出発した時よりも、あの小さな魔術師のローブが膨らんでいる事には少々首を傾げたが、それはギルドの受付嬢としては関係ないことだ。
ただ、一見他の事には関心がなさそうで、いつも退屈な顔をしている彼女がいつもより決まった顔をしていたのは意外であったため、印象に残った。
そして、時折小さく「きぃー」と鳴くもんだから、そんな口癖があるなんて意外だなとも思った。
これは子イタチの鳴き声なのだが、リリアンはそれを知らないのだった。
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