第40話 40 勇者と首席魔女 2

 キィーンと耳を塞ぎたくなるような鳴き声が響き、木々に止まっていた鳥たちが一斉に飛び立つ。

 ブリーズウィーズルと呼ばれる害獣は人よりも大きな身体を持ち、その見た目は怪物のようであった。


 ふわっと寒気を感じるような突風が襲ってきたと思うと、既にローランの身体は後方へと飛ばされていた。


 なるほど、リリアンが戦士のみでは厳しいと言ったのはこう言うことか。

 シャロは風を読み回避行動をとっていたようだ。

 マーリンは反応の遅れたニィーブを守るようにレジストの魔術で風を相殺していた。

 つまり、吹き飛ばされたのはローランのみとなる。


 元々筋肉もあり、冒険者用の装備で体重が増しているにも関わらず、軽々と吹き飛ばされたローランは大木に叩きつけられる。

 自慢の防御力で衝撃はあったが、特にダメージは感じず、大木だけが轟音を響かせながら倒れていく。


「これ、Eクラスの依頼じゃ無いだろ!!」


 思わず叫んでしまった。

 前方のグループと距離が離れたが、マーリンはその声を聞き取ったようで答える。


「ブリーズウィーズルは夜行性だし、そんなに強い害獣じゃないはず。これはイレギュラーかも」


 今回の作戦はイタチは夜行性だし昼間の寝ている間に探知魔術を使って見つけて狩るというものであった。

 こんなに夜行性を感じさせないくらい活発に活動していた。


 突風が次第に止むと、戦闘態勢に入ったブリーズウィーズルがはっきりとこちらに敵意を向けていた。

 威嚇のためか、毛が逆立ち、先程よりも一回り大きくなっておる。

 風魔術の元素が濃いのか、身体に纏う風は淡い緑色を視認させる。


 これは、強い魔獣によく見られる光景だ。

 害獣と言うよりも魔獣と言われる生物が目の前に存在していた。


「私がいきます!」


 ニィーブが素早く詠唱すると、『氷の槍アイスランス』をブリーズウィーズルに向けて放つ。

 三本の槍はブリーズウィーズルの顔を目指し飛ぶが、目前で風の鎧に弾かれる。


「はっ!!」


 茂みに隠れていたシャロが飛び出して切り掛かる。

 しかし、やはり風の鎧がその攻撃を邪魔とする。

 体重の軽いシャロは体勢を崩されて、軽々と吹き飛ばされてしまう。


「手強い……」


 シャロはくるりと回転し受け身を取る。

 これでは近接攻撃どころか接近することすらままならない。

 ブリーズウィーズルが放つ風や纏う風の鎧は視認しなくても敵を察知できるようで、奇襲は難しい。


 ブリーズウィーズルはその太い尻尾を武器に素早い動きでシャロに追撃を放つ。

 シャロは直撃は避けたものの、尻尾に纏う風の鎧によって再び吹き飛ばされてしまう。

 ニィーブはブリーズウィーズルの素早い動きを捉えきれていない様子で、シャロの援護に回れないでいる。

 詠唱が完了しても狙いが定まらないといった状況だ。


 吹き飛ばされていたローランがマーリンの横まで戻ってくる。

 ちらりとマーリンはローランの無傷を確認する。


「私がいて良かったね」

「本当にな。首席様の実力見せてもらえるか?」


 マーリンは学校でも見る、自分の背丈ほどある杖を構えた。

 その立ち姿は銀髪の魔術師としての風格を感じさせるものだった。

 ローランも負けじと剣を構える。


「ニィーブ、下がって」

「シャロ、後退しろ」



 ――――「「ここはまかせて(ろ)」」



 マーリンは杖を振る。詠唱を唱えずに基本的な白魔術をブリーズウィーズルに放つ。それは強い光を放つ魔術で、闇魔術の影を打ち消しす事に使われる魔術だ。


 しかし、それは知性のない獣には十分な目眩しになる。

 ピカッと発光すると視界を失ったイタチが眉間に皺を寄せながら静止する。

 暗転する視界を必死に戻そうとしていた。


 その瞬間に動いていたのはローランだった。

 向かい風など構わず突き進み、風の鎧までたどり着く。

 風の力で察知していたのだろう。イタチはその太い尻尾をローラン目掛けて叩きつけようとする。


 しかし、ローランはそれを避けようともせず、風の鎧を纏った尻尾をそのまま受け止めて、切り裂いた。

 引き裂かれた尻尾は宙を舞い、根本からは激しく血飛沫が飛ぶ。


 ブリーズウィーズルは激痛に襲われて悲鳴をあげる。

 その瞬間、激痛からか、怯んだからか、一瞬風の鎧が消える。

 それを狙ったかのように三本の氷の槍アイスランスがブリーズウィーズルの胴体を貫いた。

 それはマーリンの放った魔術であった。


 その精度は凄まじく、完璧に急所を捉えた攻撃であったため、ブリーズウィーズルは絶命していた。


「いっちょあがり」


 マーリンは血まみれのローランに向かって、いつものように親指をぐっと上げてみせた。

 その日常的な様子にローランはにっと笑う。


「きゃー!我が師、かわいい!」

「あー、ローラン。そんなに汚してまたマオさんに怒られるんだ〜」


 お互いのパーティメンバーも戦いの終わりを確認して話しかける。


「すまん、シャロ。結局、実戦経験積めなかったな」

「ううん、魔術相手じゃ戦士は立ち回りを考えないといけないってよく分かったよ。でも、ローランは相変わらずゴリ押しだね」


 シャロはにっと笑う。

 しかし、その笑顔は普段よりも暗く感じた。

 恐らく、魔術の前に一太刀も浴びせられなかった悔しさを噛み締めているが、ローランに悟られないようにしてあるのだろう。


「次の課題は対魔術だな。魔王と話しておく」

「よろしくお願いします」


 シャロは深くお辞儀をした。

 相変わらず律儀だなと思いながらも、自分は風魔術使えないしなぁと修業の内容を考える。


「でも、なんでブリーズウィーズルはこんなに活発だったのかな?」


 シャロは首を傾げる。

 イタチは夜行性で昼間は殆ど寝ている。

 なぜ、昼過ぎにここまで活発だったのか。


「多分、これ。」


 マーリンは木に隠されていたそれを指差して言った。

 そこには一匹の小さな子供のブリーズウィーズルがすやすやと眠っていた。

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