第39話 39 勇者と首席魔女 1
昼過ぎには森に入った。
馬車の中でシャロお手製のサンドイッチを頂いた。
また腕を上げたようで、タマゴサンドというシンプルなサンドイッチであったが、茹で卵と卵と食用油、酢を混ぜ合わせた調味料との比率は完璧であった。
また、胡椒のほかに粒マスタードもよい刺激になる。
あと、家庭菜園で採れたきゅうりも入っており、しゃりしゃりした食感もよいアクセントだった。とても美味です。
マーリンがどうしても一口というので食べさせてあげると絶賛をいただいた。
また、その後にニィーブが私もとマーリンの歯形がついたところを食べていた。
「間接キス、間接キス」とうるさかった。コイツは小学生かな?
そんなこんなで腹ごしらえも十分にブリーズウィーズルがいると言われる名もなき森に入っている。
森の入り口には村もあり、そのためか森の入り口はしっかり道が舗装されている。
なんだったら馬車で入ってきても良かったくらいだ。
戦闘になると邪魔になるが。
今は、シャロが前衛、その後ろにニィーブ、そしてマーリン、最後方にローランという陣形で森の奥を目指して進んでいる。
「それにしてもマーリンが冒険者だったとはな」
「学生の小遣い稼ぎには丁度いい」
マーリンは振り向くことなく、ローランの話しに乗る。
ローランも冒険家業は小遣い稼ぎくらいに思って参加している。
もっと上のクラスになると仕事としての実感が湧くのだろう。
「学校卒業したら冒険者になるのか?」
ふと、ローランは質問してみた。
「それは無い。私は魔導騎士団に入る」
魔導騎士団。魔法国が有する最高位の騎士団だ。
魔術のみならず戦術、指揮、武術とどの分野でも人並み以上の実力が必要とされる軍団だ。
特に、入団は厳しく魔法学校を卒業してもなかなか入れるものでは無い。
首席または次席レベルで卒業して初めて入団テストの切符が手に入るような世界だ。
「冒険者なんてその日暮らし。しっかり給与の出る騎士団が望ましい」
「お前って意外と現実的なのな」
冒険者でしっかりした富を築けるのはほんの一握りだ。
SやAクラスの依頼を確実にクリアし、多くの冒険者を従えて運営してやっと安定と言われる。
飽きは無いが安心も無い世界。
逆に騎士団や文官といった、公務員と言えば分かりやすい職業は、退屈な事はあるが、給与や福利厚生がしっかりしており安定した生活が望める。
冒険者と騎士団は対極の職業と言われている。
「マーリン様は素晴らしいお方です。お世話になった孤児院にお金を回すために高収入の魔導騎士を目指しておられるのですから」
ニィーブの言葉にマーリンの眉がピクリと動く。
お世話になった孤児院とはローランも初めて聞くことだ。
「孤児院?」
「ニィーブ、うるさい。ローランも今のは忘れて」
「私は我が師の布教活動をしていただけですよぉ〜」
ニィーブはおろおろと泣く真似をする。
マーリンも深くは入って欲しく無いようだ。
ローランはニィーブの言葉に引っかかりを持ちつつも、その話題に触れることは控えた。
「そういえばマーリンさんって寮生活じゃないですよね?」
シャロも話題を変えようと話に入ってきた。
最近気づいたが、シャロはそう言った気遣いが上手い。
会話の潤滑油といった存在だ。
「うん、街で安い宿に泊まってる」
「寮も十分安いだろ?」
「もっと安い」
「まじか?」
なんだそれ、馬小屋か?
寮で部屋を借りるのは無償というわけでは無い。
決して高くは無い家賃を年額で払っている。
ローランも入学したての際に、まだお金に余裕もあったということで一括で部屋代を納めている。
卒業までは特にあの部屋から離れるつもりはない。
「マーリンさんの生活って想像つかないんですよね」
「マーリン様は偉大なお方ですので、その殆どは高貴な椅子に座り聖書を片手に紅茶を飲んでおります」
「まじか、マーリン?」
「いや、果実ジュース片手に低俗なラブコメ小説読んでる」
おい、ニィーブは理想と現実が見境なくなってるぞ。
それにマーリンの低俗なラブコメ小説ってなんだ?
マーリンの学校生活は殆どノートを取っているか、机に突っ伏しているくらいで趣味というものを見せない。
話題も、自分の好きなもの以外には端的でそっけない。
プライベートでは低俗なラブコメ小説を愛読しているというのは初耳である。
「なんですか!?その低俗なラブコメって」
シャロが飛びついている。
君はそんなの読んではいけません、清純でいなさい。
「『君のスカートの中は超新星』図書室の北側の本棚にある」
いけない、魔女にシャロの清純が奪われている。
おい、弟子、お前の師匠が害悪を広めているぞ、止めろ。
なんですまし顔で「素晴らしい」みたいな反応してんの?
「そ、そういうのはシャロには早いんじゃ無いか?」
「私が読んでるから問題ない。ちょっとエッチだけど」
「……ちょっとエッチ」
シャロが小さく呟く。
興味津々である。
これは学校の図書室に不健全図書があるって密告しなければ。白いポストを置かなければ。
「しっ」
なんて話しているとシャロが真剣な表情で指を口元に当てる。
静かにという合図だ。
緊張が走る。
エルフは耳がよく、森での変化に敏感だ。
「風の流れが変わった。自然のものじゃ無い」
不自然に作られた風を感じるとシャロは話す。
ブリーズウィーズルは風を操るイタチだ。
不自然な風が吹くところにそいつがいるとエルフの世界では言われているそうな。
「近くにいるのか?」
「たぶん。まだ距離はあるかもだけど」
縦の陣形でそれぞれが違う方角を確認しながら前に進む。
特にローランの後方はよーく注意を払う。
もし、ブリーズウィーズルがローランたちに気づいており、奇襲をかけるなら後ろからだ。
ローランが気付けれなければ、後衛の魔術組は壊滅してしまう。
ローランは腰に下げていた鉄の剣を手に取る。
いつでも来いと言わんばかりに構えを決めて進んでいく。
先程までの愉快な会話は無くなり、緊張と警戒で強張った空気がパーティを包む。
少しづつ少しづつ奥へと進んでいくと、奴の姿があった。
森の中で少し開けた空間。
太陽の日が当たるためか、ブリーズウィーズルはその空間で敏感にあたりを見渡していたのだ。
恐らく、シャロの感じた不自然な風は警戒の風だったのだろう。
何者かが近づいていると察知されている。
木々の間から互いに視線が合った。
そして、ブリーズウィーズルの威嚇の咆哮が森に轟いた。
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