第33話 33 人狼と夏祭り大成功計画  2

 放課後は温室で暮らすことが日課になっている。

 ある程度の植物の世話が終わるとそのまま帰っても良いのだが、ルナが適当に用事を作って引き止めてくる。


 別に迷惑というわけでも無い。

 部屋に戻っても女子二人は夕飯の準備でてんてこまいであり、料理をしないローランはいつも戦力外通告を受けており、そのお祭り騒ぎを傍観するだけだ。


 それならとまだ相手をしてくれるルナに厄介になっているのだが、今日はそうでもなかった。

 彼女は植物もローランも世話をほどほどに何やら作っていた。


 ライラは興味深そうにその様子を見ていた。

 放課後で暮らすのは二人だけではなく、最近はライラが結構な頻度でくる。

 前回の商工会の挨拶の他にいろいろと手伝いをした。

 例えば、花火打ち上げ場所の下見に行ったらそこはジャイアンクラブと言う全長五メートルの蟹が縄張りにしており、ルナと共に戦ったが、蟹の吐く特殊な粘液でルナの服が溶けてしまい……。ここからは紙が破り捨てられている。


 まぁ、そんなこんなでライラが溜め込んでいた厄介ごとってのは少しづつ解消していったのだった。

 時間ができるとライラは温室によく来るようになった。

 そして、あることで悩んでいた。


 それはより収益を上げる方法であった。


 金の亡者とまでは言わないが、第一回夏祭りということもあり、実績を残したいのだ。

 そして、定番のイベントなど出来上がればそれは夏祭りとしての重要性となる。

 そこで屋台や学校の特産物を売るだけではなく、何か、こう、花火を活かせないかなんて考えていたらルナが動き出したのだった。


「できた、と」


 色付きインクのペンを置くとルナはその完成した紙をライラに渡した。

 それはチケットのように見えた。

 演劇などで配られるチケットだ。


「劇でもするのか?」

「それもいいかもだけど、期限が足りないよね」


 そうですね。

 では、一体何をするのだろうか?

 ローランもライラも首を傾げる。


「これは、花火を一番綺麗なところで見えるチケットだよ」

「花火を一番綺麗なところで見えるチケット?」

「そう、花火を見る席に付加価値をつけてみようと思ったんだ」


 花火という物は打ち上り、大きくその大輪を撒き散らすため、屋外で有ればどこからでも見える。

 それが、個人のバルコニーでも大通りの人混みでも、学校の窓からでも。

 ただ、その見る環境がロマンチックであればあるほど、燃えるカップルもいるという事だ。


「でも、そんな場所学校にありましたっけ?」


 ライラは訊ねる。

 花火を綺麗に見えるところ。

 言うなれば、障害物がないところ、より花火を近くに見えるところである。


「あそこ、オススメだよ」


 ルナが指さしたのは、学校で一番高くそびえる時計塔であった。

 たしかに、あの時計塔は国の城の次に高い建物である。

 しかし、今あそこは立ち入り禁止だったはず。


「時計の下辺り、少し開けているでしょ?あそこ展望台なんだ。昔は開放されたんだって。色々あって今はダメになってるけど、中々の見晴らしだよ」

「なんでルナが知ってるんだ?」

「一年の頃、一人になれるところを探してね、サラ先生と」


 彼女が彼女なりに頑張っていた頃だ。

 まだ、希望も残っていた頃だろう。


「でも、そんなところ使わせてもらえるでしょうか?」

「先生が監督の下ならいいんじゃない?私はそうだったし、なんだったらサラ先生に聞いてみようと思う」


 サラ先生はなかなか発言力があるらしい。

 諦め切ったルナの面倒を見ていた方だ。その教師として、とても出来た人であるのは間違いない。


「でも、誰に売るんだ?」

「学生。一応、立ち入り禁止の場所だから外部者はマズイかなって」

「学生で金を払ってまで見たいって思う奴がそんなにいるか?」

「なら、こうしよう。この時計塔で花火を見たカップルは結ばれる、とか、時計塔での告白で成功したカップルがいるとか」


 おいおい、それは捏造では無いか?


「恋愛のジンクスなんて、いつ、誰が、何処で、どういう結末になったかなんて詳しく知る人なんていないよ。いつのまにかあった。だから、それを利用したらいい」


 魔法学校は貴族や騎士の子供も多い、モテたい盛りのお金持ちたちだ。

 まぁ、そんなジンクスを聞けばお金を出してしまう者も出てくる。恋は盲目なんだから。


「それに、この第一回で結ばれれば次回からは真実だ。なんなら、実行委員でサクラを忍ばせる?」


 それはライラが首を振った。

 さすがにそれはやりすぎだと注意が入る。


「まぁ、どちらにせよ。これは、夏の刺激に飢えた若者には十分な餌になると思うよ。……私なら買う」


 最後に小さく何か呟いているが、幸いローランの耳には聞こえていない。

 ルナにとっては都合のいい耳をお持ちである。


「そうですね。これが恒例になれば面白いかもしれません。安全面の配慮は必要ですが、ちょっと検討して見ましょう」


 ライラはそのチケットを預かる。

 実際、この展望台チケットは実行することになった。

 サラ先生に相談したところ、すぐに校長へ話が行った。

 校長は監督官と柵の耐久性の確認、安全面の配慮を条件にそのイベントについて了承した。


 監督はサラ先生が手を挙げてくれた。

 展望台は救護班からも距離が生まれてしまうため、治癒を使えるサラ先生のいてくれた方が良かったのだ。


 また、何度かルナと登っていることも理由に挙げられた。

 こうして、展望台プレミアムチケットが商品化された。


 そのチケットの売れ行きは素晴らしかった。

 まだ、六月であり二ヶ月も先なのに完売御礼であった。

 さすが色欲に燃える思春期どもといったところだ。


 そして――


「ルナさん、ローランさん。ありがとうございました。お陰様で仕事もほとんど片付きました」


 深々と頭を下げるライラ。

 ローランは今回ライラの手伝いはそこまで活躍していない。

 せいぜい、ジャイアントクラブを叩きのめし、あられもない姿のルナを保護したくらいだ。

 その詳細は空の彼方へ消えてしまったが。


「今回はルナの働きが凄かったな」

「いいように使ってくれたよね」


 素直に褒めるローランに対してルナの態度は不満げだった。

 彼女自身、ここまで動けるとは思わなかった。

 なぜ頑張れてかと言うと、隣のお陰であるのだが。

 それでも、他の女の子のために頑張ったのは複雑な気持ちなのだ。


(まったく、ライラが惚れてしまったらどうするつもり)


 という心配をしているのだ。

 ただ、その考えが杞憂であったのはライラの行動でわかった。


 温室での集まり終わり、各々下校に入ろうとした時、ライラはルナだけを呼びつけた。

 ルナは不思議に思いながらもライラへと近寄ると、ライラは二枚の紙を手渡した。


「これ……」

「プレミアムなチケットです。ルナさん、ローランさんと観るために作ったんでしょ?」

「え……?」


 そんなつもりは無かった。

 ただ、ライラにはそう感じ取られたようだった。


「今回、一番手伝ってくださったお二人にこのチケットは必要だと思います。勿論、アイリス様からは了承もいただています」


「私にサクラになれと?」


「いや、そんなつもりじゃ有りません。ただ、楽しんで欲しいのです。私たちの夏祭りを」


 私たちの夏祭り。

 そう、みんなで作る夏祭りを楽しむ。

 ルナはじっと二枚のプレミアムなチケットを見ていた。

 見れば見るほど、心臓の鼓動が速くなるのを感じる。

 今から、ワクワクが止まらなかった。

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