第32話 32 人狼と夏祭り大成功計画 1

 五月の下旬、ライラより救援要請が来た。

 それは、ウォルフォード魔法国総合商工会との面会についてアポイントが取れたので同席してほしいという事だった。


 総合商工会とは、名前の通り魔法国内の商業をまとめ上げる組織である。

 魔法国は作物などは他国からの輸入に頼っているが、魔道具や装飾品といった魔術師が扱う道具の工房が多く存在する。

 その評価は世界屈指であり、わざわざ遠方から購入に来たり、弟子入りを希望するものが多い。


 そういった商業的背景のある魔法国の商工会なので挨拶は必要だとアポイントを取っていたのだが、代表者との予定が合わないまま今日まで来てしまったそうだ。


 夕刻、学校で待ち合わせをする。

 休日ということもあり、学生の数は少ない。

 ローランは校門でそれなりの正装で二人を待っていた。

 ライラよりドレスコードを指定された。


 ドレスコードと言われてもそういった正装を持たないローランは普段着で出ようとしたところシャロに止められてしまった。

 そして、何故かローラン用に作られたモーニングコートをクローゼットから取り出してきた。

 どさくさに紛れて魔王もローランの髪型を弄り始め、ワックスでオールバックにさせられた。


 不慣れな手つきでローランに服を着せるシャロだったが、魔王による髪型のセットが進むにつれ、ローランの顔を見ないようにしていた。


「こっちみるな、集中できないだろ〜」


 なんて言うもんだから面白くなって、思いっきり顔を近づけたらネクタイで首を絞められた。


「お待たせ、うわ!」


 学校の中からルナが出てきた。

 彼女はローランを見ると驚いた顔をしていた。


「気合入ってるね」

「お前こそ、燕尾服か」

「これしかなかった」


 ルナは何故か男物の夜間用正装であった。

 てっきりドレスで来るものかと思っていたので意外だった。


 しかし、長身ですらっと伸びる彼女のモデルのような体型のため男性が着るよりもその燕尾服を着こなしていた。

 クールな顔つきをしている彼女だ、女子生徒から人気も出そうなルックスであった。

 実際、ルナがローランの元に来るまでの間にまばらにいた女子生徒たちは一斉にルナを凝視していた。


「凄いな、似合ってる」

「……ありがと、その、ローラン君もかっこいいね」


 夕日の所為でルナの顔色がはっきり見えないが、実は真っ赤である。

 かなり好みに寄せてこられて戸惑っていた。

 悟られぬように視線を逸らしているが、尻尾が言うことを聞かず自我を持ち暴れている。


「お待たせしました」


 そこに息を切らしたライラが合流した。

 ライラは学生らしいドレスといった印象であった。

 二人の格好が思っていたよりしっかりしていたのでびっくりしていた。


 商工会議所は商業地区の中央にそびえる大きめの建物であった。

 夕方であり、家に帰るものが多い街中で未だに忙しそうに仕事をしていた。中々のブラックだ。


 受付に要件を伝えるとすぐに奥へ案内された。

 中に入り、用意された椅子に座るとそこに奴がいた。


 その豊満な肉体は富から生まれたものだろう。

 豪奢なドレスははちきれんばかりに膨らんでいる。

 メイクは濃く、アイシャドーは紫色で派手。

 膝に猫を置き、撫でている。

 屋内なのにツバの広いクロッシェを被っている。


 手にはいくつもの宝石の指輪が四つ嵌められていた。

 どれも大きくその価値は学生如きが計ることは出来ない。


 綺麗や可愛い、美しいという表現ではない、ただ、すごい、ごついという表現がしっくりきた。


「初めまして、学生方。わたくし、代表のエリザベスと申しますの。親しみを込めて、エリーとお気軽にお呼びくださいまし」


 彼女は座ったままであったが、軽く頭を下げた。

 それに釣られて三人も自己紹介と挨拶をする。

 そして、ライラが先陣を切る。


「エリザベス様、本日は……」

「エリーでございまし」

「エリザベス様」

「エリー様」

「妥協点ですわね」

「エリー様、本日はご多忙の中お時間をいただきありがとうございます」


 学生からの感謝とくる途中に買った手土産の菓子折りを出すとエリザベスはにこりと笑顔で迎えてくれた。

 ただ、その視線はルナに向かっているように感じた。


「貴女はまた、素敵な格好をしていますわね。とても美しいわ」

「ありがとうございます。とても嬉しいのです。ですが、中々、エリザベス様の美貌の前には私も未熟さを痛感させられました」

「貴女もまだまだ若いのですから、これから精進することですわね」


 おお、なんかルナが上手く話を回しているぞ。

 しかし、よくもまあ、そういった返答ができるものだとルナを見るとウィンクが返ってきた。

 少しドキッとしてしまう。


「それで、夏にお祭りをすると言う話でしたわね」


 ライラは頷く。


「新たに発見された結晶地脈の調査で街を離れていましたの。こういった話がでているなんて思いもよりませんでしたわ」


 エリザベスとアポイントが取れなかったのはそもそも街に居なかったからのようだ。

 ライラは夏祭りの計画について一通り説明する。

 特に、商売をするのでそこは緊張した面持ちで話をした。

 商工会議所に来るまでにシャバ代を払えと言われたらどうしようと心配していたライラ。


 しかし、エリザベスは静かに聞いていた。

 それは、委員総会の時のアイリスのような雰囲気である。

 美貌は違えどカリスマ性というものが同じなのだろう。


「一通り把握しました。わたくしたちは学生たちの挑戦を応援したく思いますわ」


 それは、三人にとってとても喜ばしい返答であった。

 この日のために、ルナが計画書の見直しをしていたのだ。

 委員総会では粗があったライラであったが、今回は筋の通った説明ができた。


「それで、わたくしたち何をすればよろしいのでしょう」


 実は挨拶のみという訳ではなかった。

 これはルナからの広報活動についての提案があったのだ。

 ライラは一枚のポスターを取り出した。


 それは、日にちと場所の指定をされた楽しそうな絵が並ぶ紙であった。


「これを、商業地区の大掲示板。あと、他の地区の掲示板への掲示許可をいただきたいと思っています」

「容易いことです」


 特に問題無しといったところだった。

 魔法国の国民は掲示板情報を結構見る。

 新聞や回覧板のような物が無いため情報に飢えているのだ。

 さらに、商工会お墨付きのお祭りになると見物人も期待が高まるだろう。


 そして、ルナが話を続ける。

「あと、『当日は花火による音や光がありますので、注意をして欲しい』と広めてほしい。出来るだけ大袈裟に」


「それは何故ですしょう?」


「魔法国はまだ花火に慣れていません。私たちはクレームを出来るだけ出したく無いのです」


「なるほどですわ」


 エリザベスは納得する。

 しかし、これにはもう一つの効果を期待している。

 わざと大袈裟に話してもらうことで、ポスターと相まって、参加者の期待を膨らませるのだ。


 魔法国で花火を上げるイベントは少ない。

 その中で学生製作であるが花火が見ることができ、それも音や光が大きいとなると注目が集まるのだ。


「商魂逞しいのですね、あなた」


 エリザベスはお見通しのようにルナを見る。

 ルナもにやりと笑みを返すところ二人は分かり合っているのだろう。


「そうなれば、わたくしたち商工会も気合を入れて応援いたしましょう」


 エリザベスの差し出した右手はルナの右手としっかりと握手された。

 ローランはその光景を見つつ「俺、何もして無いな」と思った。


 ――――


 商工会議所から帰ってくると夜であった。

 仕事が一つ片付いたとライラは肩の荷が降りた気分であったが、ゆっくりはしていられないとルナとローランにお礼を告げるとそそくさと帰ってしまった。


 二人はライラを見送る。

 ローランは振り返る。

 やはり、前世でもそうだが交渉ごとは苦手であった。

 エリザベスとの話はライラとルナの二人で対応していた。

 自分は人形のようだったと。


 自分の情けなさを痛感していると、ふとルナがローランの胸元にもたれかかってきた。

 ルナの顔をローランの胸に落ち着けており、ルナの表情は見えない。

 ただ、疲れた顔をしていたのは分かっていた。


「大丈夫か?」

「……疲れた。こんなに人と話したの久々だったよ」


 彼女はずっと人を拒絶し、最低限のコミュニケーションで済ませてきた。

 こういった挨拶ごとは経験になかったのかもしれない。

 それなのに、彼女はよく頑張った。


「落ち着く匂いがする……」

「ごめん、俺、役に立たなかったな」

「ほんとにね。もっと役に立って」


 お世辞抜きであった。

 ルナとの仲だから言い合えるのだ。

 ただ、今日のルナは少し積極的だったかもしれない。


「だから、今はもう少しこのままでいさせて」

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