第29話 29 人狼と恋煩い

 土曜日は魔王も疲れており、一日部屋で過ごした。

 時折、シャロが買い出しに外出するくらいで、特に変わらない日常だった。


 ルナについてはサラ先生が面倒を見てくれるとのことで任せている。

 治癒魔術を使える先生がついてくれるのなら万が一でも安心だ。


 昨日のシャロの怪我ですらその場で治癒させる魔術とはとても便利であると思った。

 そういえばシャロの村の騒動を起こしたマキシムの切られた腕すら元に戻せるのだから、その実力は計り知れない。


 夕刻になると、シャロがエプロンをつけ始める。

 その姿はさながら母の手伝いをする娘といった感じだ。

「ローランも手伝って!」と暇そうな顔をして眺めているローランに指名が入る。

 はいはいと返事をすると、二人で魔王の城「キッチン」へと入っていった。


 魔王から料理を習っているシャロは春の頃より遥かに腕を上げていた。

 テキパキと料理をしていく横でローランはシャロによって汚された調理道具を洗っていく。


「こうやっていると、なんだか夫婦みたいだね」

「兄妹だろ?」

「もー!いいよ、ローランのだけ味付け濃くしてやる」


 シャロは頬を膨らませながらフライパンの中で野菜を炒めている。

 その横で魔王がいつのまにか揃えた香辛料のセットが出されていた。

 シャロもどれがどの香辛料が把握しているようで、炒めながら選んで振りかけている。


 今のシャロの料理の腕はとても頼りになると思う。

 ただ、冒険者を目指しているのにそこまで重要ではないのではないかと、ローランは考えてしまうが、口にすれば機嫌を損ねることくらいは分かるので言わないでおく。


 ダルそうに起きた魔王もシャロの料理を一口食べると、「エルフも腕を上げたな」と褒めており、シャロも素直に喜んでいた。


 土曜日はルームメイトたちとのんびりとさせてもらった。


 ――――


 サラ先生は土曜日の夕刻には帰ってしまった。

 ルナはTシャツにショートパンツと露出の多めな部屋着でいた。

 呪いが解けたという実感があまり湧かず、ベッドの上でぼーっとしていた。


 自分はローランやマオ、サラ先生に任せっきりだった為とても呆気なく呪いが消えたという感覚であった。



「ありがとう……言ってないよなぁー」


 大きくため息をついてベッドに突っ伏した。

 ルナは自分の失敗をひどく後悔した。お礼の言えない人と嫌われたてしまったかもしれない。

 あの時、ローランが近づいてきた時に頭が真っ白になってしまって何も言えなかった。


 昨日の自分を恨む。

 もっと冷静で居ればうまく立ち回れたのかもしれない。


 月曜日の朝、温室でまた会えるしその時にお礼を言おう。

 そして、これまでの態度をローランにしっかり詫びよう。


「ローラン……かぁぁあ」


 昨日の魔法陣の内側から見た彼の姿が脳裏をよぎる。

 なんとも言えない気持ちに悶えてしまう。

 自分が経験したことのないこの感覚に、恥ずかしくも嬉しく、頬を緩ませながらベッドの上でバタバタと暴れている。


 こう、恋愛脳は頭の中がお花畑だと揶揄されるのを知っているが、そう言われても仕方ない。

 それを自覚してしまっているから、余計悶えてしまう。


 ある程度暴れるとふぅ、とため息を吐く。

 何やってるんだ私は。

 お腹が空いたのでサラ先生が買ってきてくれた購買部の惣菜をいただく。


 早く会って、お礼言いたいなぁ……。

 一人寂しい寮部屋でローランに想いを寄せながら食事をする。

 よし!月曜日は冷静に、しっかりしよう!


 そして、次の日の早朝にローランの部屋をノックしてしまった。

 寝ぼけ眼のシャロが、可愛らしい寝巻き姿で目を擦りながら扉を開けた。

 寝相が悪かったのか、胸元がはだけている。

 ここ最近急激に育ち始めたその果実は寝巻きの下でしっかり主張をしている。


「ふぇ!?ルナさん、なんでこんな早くに」


 色々と考えすぎて眠れなかったというのが答えである。


「ごめんね。どうしてもお礼が言いたくて」

「あ、ちょっと待ってね!」


 バタンと扉が閉められる。

 扉の奥からバタバタとシャロの走る音。

「ローラン!ルナさん!起きて!起きろー!」

 と大きな声が聞こえて来る。


 その様子に苦笑いを浮かべるルナ。

 なんだか複雑な気持ちになる。ローランはシャロとマオと女性に囲まれて過ごしている。

 もしかして、シャロとかマオとはもうそういう関係なのかもしれない。


 そう思うと、昨日浮かれていた自分を殴りたくなる。

 はぁ、と深くため息をつく。

 グレイプニルに再び掛かってしまったのかと思うほどギュッと心が締め付けられる感覚が襲う。


「お待たせ、入って入って」


 そう言って一通り着替えを済ませたシャロが迎えてくれた。

 ただ、先程までとは違う、少々落ち込んだ表情を浮べるルナに首を傾げる。


「あぁ……ありがとう」


 そう言って中に入る。

 もしかするとここは愛の巣なのか?

 私はとんだ地獄に足を踏み入れてしまったのか?

 やってしまったなぁー。

 と要らぬ後悔をする。


 中に入ると、そこには眠そうに欠伸をするローランがいた。

 着替えと洗顔を済ませたようだが、寝癖までは間に合わなかったようで幾つも髪が跳ねている。


 しかし、

(かっこいいーー!!)

 と、ルナの心の中は大変なことになっていた。


「じゃあ、僕はマオさんと稽古行ってくるから。ローラン、無礼無いようにね」


 なんだか、彼女というよりもお母さんのような発言をしながら、シャロはマオと共に出ていってしまった。

 シャロの稽古は春休み以降も続いていた。


 急に部屋で二人っきりになってしまった。

 ルナは頭が真っ白になってしまった。

 昨日の冷静さを誓う自分はまだ眠っているのかもしれない。


「まぁ、座れよ」

「……あ、う、うん」


 中央の机にセットされている椅子にちょこんと座る。

 狼の血を持ちながら、その態度は借りてきた猫である。


「体の調子はどうだ?」

「お陰でとても気分がいい。本当にありがとう」


 ルナは深々と頭を下げる。机におでこが付くくらい深く頭を下げた。


「それと、今まで酷い態度をとってしまってごめんなさい」

「それは呪いのせいだったんだろ?なんの問題もないさ」

「そ、そうだけど。嫌いにならないの?」


 愛の巣とか意識したり頭が真っ白になったり、計画通り進まずネガティブな自分がいる。


「そりゃ、ナイフで脅された時は怖かったけど、お前を助けたかったからな」


 その純粋な笑顔がルナに浴びせられる。眩しい。

 そして、ナイフを向けた過去の自分を頭の中でボコボコにする。


「あと、こんな時間から来てごめん」

「いいって、この時間はルームメイトどもは俺を置いて稽古行くし」


 最近のシャロとマオの二人での稽古が多い。


「あ、あの!ローラン君はどっちかと付き合ってるの?」


 ほとんど頭が混乱状態なので、もう、勢いのまま聞いてしまった。

 タイミングとか考える余裕はなかった。


「付き合う?ないない、シャロは妹みたいだし、魔王はライバル?だし。付き合う相手なんていないよ」


 ローランは笑っている。

 ルナにとっては想いもよらぬ答えだった。

 どちらとも付き合っていない。その言葉が心でこだまする。

 そして、そのこだまで心の中で眠っていた冷静な自分がやっと目を覚ました。


「付き合って……ない。そうなんだ、うんうん」


 小さく呟いてしまった。

 それだけ嬉しかった。


(私って思ってた以上に単純なんだ……。でも、こんなに嬉しいなんて)


 ルナの緩む顔にローランは不思議に思った。

 ただ、呪いも無くなり楽しく笑うルナの初めての見る顔はとても綺麗だと思った。

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