第28話 28 人狼と死神

 その死神は大きな鎌を構えながら解呪術者である魔王へと襲い掛かろうとする。


「させるわけにはいかないのです」


 サラは向かってくる死神の前に立つと白魔術『ホーリーアロー』を展開する。

 対アンデット特攻のこの魔術は死神に直撃すると怯みを見せる。

 ただ、それは一瞬のものだった。


「レイスたちとは違うのですね。私の白魔術が役に立ってません」


 サラの表情からその緊迫感が伺える。

 ガーディアンのリーパーは白魔術のみでしかダメージを与えることができない。

 本体には物質はなく、物質のある鎌は受け止めることが出来るが、その力は強力で、簡単に吹き飛ばされる。


 シャロは死神に薙ぎ払いに対応できなかったサラを守るように押し倒し、オートクレールを抜き、受け止める。

 しかし、そのシャロの身長の三倍はある巨大な鎌は易々とシャロを吹き飛ばしてしまう。


「……っ!?」

「シャーロッテちゃん!!」


 サラの叫び声が響く。

 白魔術が使えるのはサラと後ルナであるが、今、二人ともリーパーに対応できない。

 もしもの頼りである魔王もまた、儀式で動けない。

 ローランは悩む。どうしたらいい?

 死神は今もなお魔王の命を刈り取ろうと近づいている。


「私のせいだ、私のせいだ、私のせいだ……」


 ローランは魔法陣の方を見てしまった。

 ルナの絶望しきった顔を、その後悔に染まりきった感情を。全ての責任を自身に預け、人と関わりを持ったことに心を壊そうとしている。


「お母さんごめんなさい。私が呪いを解こうとしたから、怒っているだね。人と関わろうなんて思っちゃいけなかったの。ごめんなさい、ごめんなさい。もっと嘘をつき続けます。一人になれるように、嘘を……嘘を……」


 ぶつぶつと呟くルナ。

 母の幻覚でも見ているかのように懺悔を繰り返している。

 また一人に戻りますからと伝えている。


「お前の責任じゃない、ルナ」

「私の責任なのよ、この呪いもあの死神も全部」


 ルナは睨むようにローランを見た。

 関わりのきっかけになった彼を恨んでいたのかもしれない。

 目の前の予想もしなかった惨劇に。


 しかし、ローランは何故かにっこりと笑っていた。


「なぁ、ルナ。本当はどうしたい?お前の本心を聞かせてくれ」


 その声は優しかった。そして、彼のとの出会いを思い出した。

 植物委員をサボろうと提案した時、その時も彼は「ルナの本心」を求めた。

 嘘で固めたからっぽの私にどうしたいのか本気で聞いてきた。


 言いたくても言えなかった事。

 言ってしまったら後悔してしまう事。

 彼なら、受け止めてくれるのだろうか。


 そう思うと涙が止まらなくなった。

 今、彼は私に居場所を作ろうとしてくれている。

 すぐ言い合って、喧嘩して、走り回って、詮索して、笑顔が多くて、人の問題に首を突っ込んで、昔の私みたい。


 いつしか彼に憧れていたのかもしれない。

 また、あんな風に戻りたいって。

 いけない事だとわかっていたのに。

 わたしがどうしたいのか。


 わたしは……。わたしは……。


「――――もう、一人になるための嘘なんて吐きたくない」


 ルナはローランが消えたと錯覚した。

 ローランはその異常な脚力でシャロの元までいくと、手を添え無事を確認する。そして、オートクレールを預かると魔王の元へと駆け寄った。


 一瞬の出来事であった。


 死神はサラがなんとか時間稼ぎをしていたようで、サラの限界ギリギリでローランが対応の交代に入る。

 薙ぎ払われた鎌をローランが受け止める。

 その一撃は想像を遥かに超えていたが、ローランは受け止めきった。


「よう、魔王。久々に死にかけたな」

「ふん、勇者を信じておったよ。どうするんだ、こいつは流石に勇者でも対応しきれんだろ」


 確かにそうだ。ローランは白魔術は使えない。

 魔王も白魔術は使えない。攻撃する術がない。

 防戦一方でもこの一撃を捌き続けるのは骨が折れる。


 すると、ローランの持つオートクレールが光り始めたのを感じた。

 刃先がどんどん白く発光していく。

 これは白魔術の効果付与だ。武器に白魔術の力を施すものだ。

 その様子に死神が怯み始めているが分かった。


 オートクレールが一気に白く輝く。

 なぜ?サラ先生か?彼女はその様子に驚いている。

 確認は後だ、とローランは力を振り絞り鎌を弾くと死神に斬りかかる。


 耳を裂く悲鳴が死神から漏れるが、致命傷には届いていない。

 後、数撃必要か!とローランが剣を構え直した時だった。


 死神を包むように白く発光する鳥籠が形成され、死神の動きを封じる。

 死神も状況が理解できていないようで、戸惑っているようだ。

 そして、鳥籠に包まれた死神から白い発光が起こると、死神の絶叫と共にその姿を消してしまった。


 一同は呆然と対象の抹消を完了して消滅する鳥籠を見ていた。

 状況が読めなかった。一体、何が起こったのか。

 ただ、ゆっくりと一人の足音が聞こえてくるのが分かった。


 口を開いたのはサラだった。


「校長先生!!」


 そこには白い髭を蓄え、仙人かと見間違うほどの老人が杖を片手に立っていた。

 サラから中庭の使用許可を出し、校舎の二階から様子を窺っていた校長であった。

 死神を倒したのは間違いなくこの人だろう。

 ローランも何度か学校行事で見たことのある顔であった。


「上の教室で世紀の大儀式を見ていたら要らぬ邪魔が入ったから、慌てて降りてきたよ」


 ホッホッホッとサンタクロースのような笑いを見せる校長。


「どうかね、アークデーモン君。もうすぐ終わりそうか?」

「もうすぐだ、老人。助力感謝する」


 魔王にとって校長だろうと関係ないのでこの態度である。

 しかし、校長は魔王の儀式の様子を興味深く見ていた。

 彼もまた教育機関であり研究機関の長として、この儀式に興味を持っていたのだ。

 人智を超える魔力量を持つ化け物による化け物の様な呪術を解く瞬間を。


 魔法陣の光が無くなった。

 魔王もルナも力を失ったかのように地面へと突っ伏した。

 それは、儀式が終わったことを示していた。


「ご苦労だったな、魔王」

「ご苦労であった、勇者」


 互いに上から目線の労いの言葉を掛け合う。

 シャロも気がついたみたいで、サラ先生より感謝と治癒魔術を受けていた。


 これで、ルナを悩ませていた呪いは無くなった。

 彼女は自由になったのだ。


「ふむ、実に面白い。アークデーモン君、ウチの学校に入らんか?」

「はい?」


 声を漏らしたのはローランだった。

 今、この学校の校長は魔王を勧誘したのか?

 相当の魔力を使い切り、疲れ果てた魔王に入学の誘いをしているのだ。


「お主を野放しにしては魔法国騎士団に取られかねん。研究機関として、君の力を魔法学校に活かしてみんかね」

「いいぞ」


 いいの!?

 というか、魔王は疲れて鬱陶しそうに返事している。

 多分、生返事だ。

 しかし、校長はホッホッホッと笑う。

「後日書類を持って行かせよう」

 とだけ呟き、去っていった。



 ルナは呆然としていた。

 集中力が切れ、ちょこんと、目をまん丸にして座っていた。

 この身体に残る重みは疲れからくるダルさだけでは無いとすぐに気づいた。

 何年ぶりだろう。人としての体重を感じたのは。


 心に感じる想りも無くなった。

 とてもスッキリした気分であった。


 悩みの全てが解決したのだ。

 これ以上、素晴らしいことはあるだろうか、いや無い。


 いやあった。

 あってしまったのだ。

 それ以上に素晴らしいものはこちらに駆け寄ってきていた。


「大丈夫か、ルナ」


 彼は優しくルナを支えながら立ち上がらせてくれた。

 彼は変わらない笑顔でルナを迎えてくれた。

 先程までグレイプニルにより締め付けられる気持ちではない、初めての感覚であった。

 心が締め付けられるとは逆、心が跳ねる感覚なのだ。


(あぁ、そうか。私、この人に恋をしてしまったのか)

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