第18話 18 秘事エルフ

 マキシムと盗賊団を騎士団に身柄を預けることができた。

 騎士団も盗賊団の動きに警戒はしていたが、森林の中まで注意が届ききっていなかったことに深く謝罪を申し出てきた。


 フィリップも身内が騒動の中心にいることもあり、騎士団を深く言及することはなかった。


 こうして、勇者と魔王のお役目も終わった。

 明日、朝一に村を出てシャロと魔王の二人と学校に戻る。

 そんな日の夜。


 ローランはフィリップたちが用意してくれた部屋でベッドに座っていた。

 ダークエルフを作ったあの朝からシャロの両親のローランへの態度はさらに甘くなり、よく世話を焼いてくれた。


 シャロはその両親の行動を理解しているのか、なるべくローランに近づけないように立ち回っていた。

 どうにも恥ずかしいらしい。


 そんな村とも今日で一旦お別れだ。

 哀愁と満足感が混じり合う複雑な雰囲気だ。

 別れとは良くも悪くも経験になるものだ。


 そう一人で想いに耽っていると、部屋の扉からノックが響いた。

「どうぞ」と入室を促す。

 こんな時間に誰だろう?

 入ってきたのはシャロだと思う。


 思うというのは、彼女の服装がいつもと違った。

 寮では部屋着はシャツにズボンといった男性寄りの服装をしているのだが、今彼女が身に纏っているのは純白のワンピースであった。


 ボーウィッシュな彼女の髪型でありながら、その整った顔立ちにそのワンピースはよく似合っていた。


「こんな時間にごめんね。迷惑だったかな?」


 彼女は、その着慣れない服装からか、それともこんな時間に夜這いのようなことをしてしまったからか、頬を赤らめながらローランを見つめている。


「いや、別に。座るか?」


 ローランはそう言ってベッドの横にくるよう促した。

 ローランも聞きたいことがあるからだ。

 ルームメイトでありながら隠されていた真実について。


 シャロはちょこんとローランの隣に座る。

 少しの沈黙が流れる。お互い、その沈黙を破ろうとしないのであった。

 聞きづらかった。


「あのムキムキエルフ、帰ってくるかな?」

「ムキムキ……あぁ、マキシム?」

「お、おう。腕も失ってしまったし、戦士として十分な振る舞いはできないだろう?」


 その言葉にシャロはキョトンとする。


「あぁ!マキシムの腕は魔法国の方で治療してもらうって。魔法国の治癒研究は進んでるから体の欠損くらい簡単に治せるんだよ」


 その返しにローランは驚いた。

 過去の記憶では、四肢の欠損は治るはずがない。

 義手、義足という方法はあったものの、とれた物を付けるなんてことは出来ないと思っていた。


「すごいな……」

「もし興味あったら、学校に戻って治癒科を除いてみるといいよ。あそこは色んなハーブも扱ってるからボク好きなんだー」


 えへへとはみかみながらシャロは話す。

 それはとても少女的に見えた。

 それを意識してしまうとローランは黙ってしまう。


 沈黙が流れた。

 気まずいという雰囲気だ。


「女の子……だったんだな」

「う、うん。騙しててごめん」

「謝ることじゃない。気づかない俺も悪かった」


 一年間、同室で学校では一番近くにいたはずなのに、気づくことができなかった。

 魔王が気付いていたということは、彼女の隠蔽はそんなに上手くないというのに。


「でも、もう同室じゃなくなるな」

「え?」


 シャロは首を傾げる。

 そしてくすりと笑った。


「大丈夫だよ、ローラン。パパにお願いして、今後も同じ部屋で大丈夫なように学校にお願いするから。もし、拒否したらエルフの魔術研究家は門外不出にするとか」


 エルフ一族から魔法学校への脅しである。

 こう思うと、彼女はお嬢様になるのだなって思う。

 というか、それはそれで俺が気まずいし、両親も娘が男と相部屋で構わないのか?


「ボク、女の子の友達少ないし。今更部屋を変えられるのは嫌かな、ローランやマオさんと一緒にいる方が楽しいんだ」


 まぁ、相部屋であるが魔王がいるため二人っきりではない。

 ローランもシャロをどうにかしようと思ってはいない。


「シャロがいいんなら、それでいいけど」


 ローランはちらりとシャロの顔を見た。

 彼女はにっこりと笑っていた。

 それは、この一年隠していた彼女の笑顔であった。

 とても可愛らしい笑顔だ。


「あとね、パパに相談してもう男らしさは磨かなくていいってなったんだ。この服……どうかな」


 そういって身に纏う白のワンピースをヒラリと見せびらかす。

 それはまるで百合の花のようで美しく綺麗だった。


「似合ってる」

「ほんと?ありがとう。嬉しいなぁ……。ボク、こんな服憧れていたんだ。これはお母さんのお下がりだけど、帰ったら一杯服買うつもり」


「お金がかかるな」


「うん、あと髪も伸ばすよ。どれくらいにしようかなぁ」


 シャロの顔は希望に溢れていた。

 自分自身で諦めていた身だしなみの自由。

 これから、好きに出来る喜びを噛み締めていた。


「……もう隠さないんだな」


「隠さないよ。ローランが、女のボクでも戦士になっていいって言ってくれてから」


「そうか」


「うん、だから、もう


 ――――ボクの秘事は終わり」



 ――――


 次の日の夕方には学校に戻った。

 丁度、下校するハイメ、マーリン、アーサーがいたのでお礼を告げる。


 ハイメが世話した家庭菜園に魔王は不満を垂らしていた。

 どうもトマトに与える水分量が少ないと怒っていた。

 しかし、そこにマーリンが口を挟んだ。


「トマトは水分が少ない方が甘くなる。素人がすれば枯らせるが、私がついてる」


「ほう、貴様。トマトの育成論を語るか」


「アークデーモンとは一度、話してみたかった」


 そのあと小一時間あーでもこーでもと話を続けていた。


 ローランにはアーサーからノートが渡された。

 ここ数日の授業内容についてだったのだが、その内容よりもアーサーの嘘か本当か分からない自慢話の落書きが大量に記載されていた。


 ローランは、このノートを二度と開くことはないだろうと、ここ数日の授業内容を捨てることにした。


 ただ、三人ともローラン、魔王そしてシャロの帰りを待っていたようで、最終的にはしっかりと迎えてくれた。


 そして、これからローランの魔法学校の二年生が始まるのだった。

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