第15話 15 勇者とムキムキエルフ
エルフの城である中央の屋敷を制圧し、残るは盗賊団の目的の達成を待つまで、マキシムは屋敷の門の前で待機をしているつもりだった。
今後のエルフの村の運営を考えながら、駆け回る盗賊共を見る。
盗賊団とはこれからも一定の交流をもち、利害関係を知らしめ、有事の際は惜しげもなく使い倒すつもりだ。
カークという男も、強さは評価するが頭はそこまで良いとは思わない。
エルフの村はこれから、より強くなる。
「神出鬼没……であるな」
その近づいてくる気配にマキシムは一瞬、寒気を感じた。
不気味ではないだろうか、地下牢の出口は自分の背にある屋敷にしかないはず。
地下牢にいたはずの少年は、目の前に立っているのだ。
杖に礼儀など無いように雑に持ち、真剣でまっすぐこちらを見て対峙している。
「護衛も付けずに一人でいてくれるなんてな」
「護衛など不要。私にとってあやつらは足手まといである」
「へぇ、ま、好都合で良いんだけど。シャロから全部聞いた。悪いが、お前の野望を砕きにきた」
ローランはその粗雑に持たれた杖を正面に構えた。
その構えは魔術師の構えとはかけ離れていた。
ただ、隙の無い、しっかり地の足を乗せた、戦士であった。
「ほぅ、貴様は先程、私に捕まったことを忘れたか。さっきは捕獲目標であったが、今回は本気で殺してやる」
マキシムもまた、殺気を持ちファルシオンとは別の電撃を放つ剣を構えた。
盗賊団より預かった電撃の走る奴隷刻印の入った剣である。
エルフで最強と言われる二人の剣士の一人、その実力を遺憾なく発揮しようとしている。
「そうか。じゃあ、俺は怪我させないってところから捕獲目標に変わるから少しは本気が出せるかな」
「ほざけぇ!」
先手を撃ったのはマキシムであった。
その鈍重そうな肉体とは裏腹にエルフ特有の素早い動きでローランに近づく。
二、三撃剣を振るうが、ローランはそれを容易く交わす。
ローランはマキシムの剣の特性を理解しているらしく、触れない様にしている。
しかし、マキシムは連撃の中、受け止めざるを得ない状況を作ってゆく。そして、
「もらった!」
ローランの胴体目掛けて薙ぎ払われた電撃剣はローランの銅の杖によって受け止められる。
これにより、ローランは感電し、動けなくなる。
そのまま、剣を振り下ろし首を取る。
つもりだった。
「なぜ、痺れない!?」
「電気の原理も知らないくせに、よくそんな物を使えるもんだな」
「なんだと」
ローランは過去の記憶にて知っていた。
雷を操る魔人との戦いの時だ。
パラディンであり、賢者マラジジによって解明された電気の性質。
導電性の棒を地面に刺すことで、電気は人の身体を避け、その棒を伝って地面へと流れてゆくという原理。
(洗濯機や冷蔵庫から伸びる緑色の線も感電防止です)
今はローランの持つ銅の杖が接地棒として地面に刺しており、電撃剣からの電気は銅の杖をそのまま下まで伝い、地面に流れていった。
感電しないローランに怯み、マキシムの動きが一瞬止まったところにローランは拳を叩きつける。
クリーンヒットであった。
数メートル飛んだところでマキシムはなんとか堪える。
おのれ!と睨みをきかせた。
ローランのにやりと笑う顔を憎たらしく思う。
ローランはそのまま距離を詰める。
銅の杖を振りかぶり、叩きつける気だ。
「それでは地面に杖は刺せまい!
ここで受け止めて感電させてやるわ!」
マキシムは受け止める為に剣を構えた。
振り下ろされる銅の杖を受け止める。
しかし、その剣の刃は叩きつけられる杖により砕かれ、そのままマキシムの顔はと杖が振り下ろされた。
杖の跡が残るほど真っ赤になった顔に、白目を剥くマキシムは倒れ込む。
マキシムは柄だけになった剣を地面に叩きつける。
悔しかった。なんでこんな少年に自分の野望が砕かれてしまうのか。
自分の戦士としてのプライドをズタボロにされた。
敵わないのかと。
当のローランは少し電気を感じたのか手に息を吹きかけている。
そういったヘラヘラした行動もマキシムの逆鱗を刺激するのだ。
「おのれ、おのれ、おのれ!何故だ、何故敵わぬ。何故私は貴様に手も足も出ないのだ!」
「弱いからだろ」
「……なに?」
「確かに剣の腕は一流だろうが、人を見下し、嫌悪して自尊心保としている未熟者にしか見えない。シャロが貧弱だと言ったらしいな」
「本当のことであろう」
「お前は一体、いつのシャロを見ているんだ?」
その言葉にマキシムは眉を寄せる。
この少年の発する言葉が理解できなかったのだ。
いつのシャロとは、マキシムにとっては今である。
あの貧弱で臆病な小娘である。
親の七光で族長になろうとしている小娘である。
男らしさとか訳のわからぬものを求めている小娘である。
マキシムにとってはただの族長の小娘であった。
「ローラン!」
屋敷から声がした。
丁度、マキシムの配下を蹴散らしシャロたちが屋敷から出てきたのだった。
その手には魔王から賜ったオートクレールが握られていた。
マキシムは目を見開いた。
自分の配下を見張りで置いてきた。
フィリップもクララも十分に動ける状態では無い。
そうなると、配下たちを片付けたのはあの小娘になる。
「ナイスタイミングだ、シャロ」
「どうして?」
シャロはローランに駆け寄る。
ローランの問いに首を傾げていた。
「マキシム、シャロと戦ってみてはどうだ?」
その言葉にシャロの表情がきゅっと引き締まる。
戦う者の顔つきだった。
こんな表情をするシャロをマキシムは知らない。
自分の中のシャロとは別人であった。
どちらかと言えば、父フィリップを連想させた。
「面白い提案をする。シャーロッテ……様、手合わせをお願いする」
戦士としての好奇心だろうか。
目の前にいるシャーロッテでもフィリップでもないその何かを知りたいという思いだった。
マキシムはローランとの決着にも目もくれず、シャロへと対峙した。
その使い慣れた大きなファルシオンを構えた。
シャロもまたその長い刀身を持つ剣を構える。
何の合図もなかった、ただ二人は同時に近づき、剣を振るった。
しかし、振り抜いたのは一人だった。
その圧倒的な振りの速さに追いつけず、もう一人の左腕は引き裂かれてしまった。
実力は天と地の開きがあったのだ。
それは、経験からでは無かった。
技の豊富さでは無かった。
力の強さからでも無かった。
だだ、彼女の戦士への決意が彼女の剣を本物にしたのだった。
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