第13話 13 勇者とエルフそれと魔王

 ローランは大きく欠伸をした。

 魔王は落ち着いた様子でローランの隣にちょこんと座っている。


 二人とも抵抗しなかったため外傷はなく。

 というか、いくら痛めつけてもこの二人に傷を負わせることはできないが。

 屋敷にある石造の地下牢で寛いでいたのだった。


 手には金属の錠が掛けられ、後ろで縛られている。

 装備などは入念に調べられ、看守の横に全て置かれていた。


 正面にある鉄格子からは看守のエルフ兵が見える。

 警戒する様にじっとこちらを見ていたのだ。


「シャロ、遅いなぁ」

「あのムキムキが報告してないのでないか?」


 ローランの考えでは、マキシムが報告に行った際にシャロが話を聞き、拘束解いてくれる踏んでいた。

 しかし、いくら待てどもその様子はない。

 ちょっと寂しい。


「それよりも、なんか焦げ臭くないか?」

「何か臭う?魔王、犬か?」

「誰が犬か!上から聞こえる足跡も騒々しいな」


 魔王は牢の天井を見上げる。

 さっきから音を澄まして聞いていたが、なにやら騒動が起きた様だ。


「俺たちには関係ないよ。シャロが来るまで寝る」


 そういうと、ローランは寝転び目を閉じた。

 沈黙が流れる。灯りは囚人が不審な動きをしてないか見えるように明るくはなっているものの、寝るには十分の暗さだ。


 その様子に魔王は「勇者が聞いて呆れるな」と呟く。

「勇者はボランティア団体じゃないよ」

 と返ってきた。


 ローランにとって、勇者は何にでも首を突っ込めばいいと思っていない。

 今回はシャロの異変を確かめるために村にきた。

 盗賊団の村の襲撃も、エルフたちでなんとかできるのならそうしてほうが彼らのためだ。

 自衛心は村の運営に重要なのだ。勇者に依存させてはいけない。

 特に、あのマキシムがいれば問題ないはずだ。


 すると、地下牢の入り口からコツコツと複数の足音が聞こえる。

 木で出来た扉がガチャリと開く。

 そこにいたのはシャロだった。


 魔王の表情が少し明るくなるが、シャロの浮かない顔に訝しむ表情へ変わる。

 明らかに迎えにきたという状況ではなかった。


 鉄格子が開き、シャロとその両親がローランと同じ牢へ入れられる。

 その表情は全員暗く、とてもじゃないが明るく声のかけられる状況ではなかった。


「やっぱり、ローラン達だったんだね……」


 シャロは呟いた。

 その言葉に、目を閉じていたローランはちらりと横目で確認している。


「急に飛び出していったからびっくりしたよ」

「ごめんね……。迷惑かけたくなかったんだ……」

「いいよ、謝んなくて」


「シャー、この人たちは?」


 フィリップがシャロに訊ねる。

 囚人にしては落ち着きすぎる二人に戸惑っている様だ。


「ボクのルームメイトだよ。ボクが何も言わずに飛び出してきたのを心配して来てくれたみたい」

「そうか、君たちが。私はシャーの父親、フィリップと言う。大変失礼をしてしまった。心より謝罪をさせてくれ」


 フィリップは深く、深く頭を下げた。

 その様子にローランも魔王もなにも返さない。

 ただ、フィリップの罪悪感を晴らすためにその謝罪を受けていた。


「シャーの窮地を聞きつけて駆けつけてくれるとは、良い友を持ったのだな」

「うん、本当にありがとう」


「それで、今はどういう状況だ?」


 ある程度の謝罪と感謝が終わったところでローランは訊ねた。

 フィリップの表情はまた曇ってしまった。

 そして、先ほどまで起こった出来事を包み隠さず二人に話す。


「そうか、あのムキムキエルフが首謀者とはな」

「勇者、これは結構不味いのではないか?」


 魔王は心配そうに訊ねるが、ローランは考え込む様子で動こうとしない。

 シャロはその様子に疑問を感じた。

 いつもならすぐに飛び出していきそうなのに。


「シャロはどうしたい?」


 ローランはふとシャロに訊ねた。

 シャロはキョトンとする。


「前に聞いたが、お前はこの村を継ぎたくないんだったよな。ここで、マキシムの思い通りになればお前はこの村を継がなくていいんだぞ」


 確かにそうだ。

 しかし、その通りになれば、父も母も殺される。

 シャロだって殺されかねない。


 万が一逃げ出したとしても、生涯エルフの村から追われるだろう。

 ただ、フィリップはその話が初耳だったみたいで少し驚いていた。


 シャロは少し考えてのち、とても落ち着いた様子でゆっくりと口を開いた。

 それは、己の過去を振り返りつつ、その情景を思い描くように、噛み締める様に語り始めた。


「確かに、ボクはこんな村継ぎたくもない。そんな器は無いと思ってる。でも、ここはボクの故郷なんだ。

 産まれて、育ててもらって、帰っても良いよって言ってくれる。

 ボクの大切な場所。

 パパやママだけじゃない、パン屋のおばさんも鍛冶屋のおじさんも狩人のおっちゃんもみんな、ボクが帰ってきたら笑顔で迎えてくれる。

 ボクはここに居て良いんだよって教えてくれるんだ。

 それはとってもありがたくて、あったかくて、安心する。


 ボクはこの村が嫌いになれないんだなって実感する。

 だから、ボクはこの村を継ぎたく無くても、守りたいって思うんだ。

 ボクは、この村が大好きなんだ……」


 俯き話すシャロ。

 いつしかシャロの瞳からは大きな涙が溢れていた。

 その涙は止まることが無く、次々と石畳を濡らす。


「シャロ、お前。一人で抱えすぎた」


 ローランの言葉に俯いていたシャロはばっと顔を上げた。

 そこにはにっこりと笑うローランの顔があった。

 それは眩しく、まさに勇者であった。


「人は人に頼らないと生きていけないんだ。お父さんの顔を見るに、村を継ぐことも守ることも、相談せず、一人で抱え込んでたんだろ?」


 ローランの言葉は図星だった様で、シャロはゆっくりと申し訳なさそうに頷く。


「一人で悩んで解決できるわけないだろ。難しいことは仲間と考えて初めて解決するんだ」


 ローランは思う。前世、魔王との戦いは困難の連続だった。

 パラディンと呼ばれる十二人の仲間により多くの窮地を助けられた。

 一人で悩んでいたら殺されていたと思うことも多々あった。


「俺が力になってやる。シャロ、今のお前の悩みはなんだ?」


 ローランの問いに暫しの沈黙が流れる。

 そして、シャロの中で何か整理がついたのか、ローランの目を強く見つめた。


「……。ローラン、ボクは……戦士になってもいいのかな……?」


「――――問題ない!!


 一人で戦うのが戦士じゃない。みんなで戦うのが戦士だ。時には仲間に甘えるのも戦士の仕事なんだぞ」


 そのシャロの表情は、過去の記憶、旧友オリヴィエの生写しではないかと思うほどそっくりであった。

 旧友もまた、自分の立場で悩んでいた。

 その時も、ローランは乱暴に、びっくりするほど真っ直ぐに彼女に笑顔を見せたのを思い出した。


 彼女の部下の死はローランとパラディンたちが支え合い、立ち直らせた。

 特にローランはよく話し、よく手合わせをし、ボコボコにされた。

 でも、最後に彼女は笑っていた。

 これでいいのだ。


「じゃあ……ね、ローラン。ボクの我儘聞いてもらってもいい……かな?」

「なんだ?」

「――――ボクの大切な村を守って」


 ローランからバリンと金属の錠が切れる音がした。

 それはシャロのお願いを了承する合図だった。


「魔王、錠外してやろうか?」

「あいにく、もう外しているぞ」


 魔王もまた、錠を手首から取り外す。

 二人はさっと立ち上がると鉄格子の前へ立った。


 看守たちが警戒し近づいてくる。

 しかし、ローランはお構いなしに鉄格子を持つと、力一杯に格子を開いていく。

 その様子に看守たちは驚きを隠せないでいる。


「こんなもんか」

「私の荷物は影に入れているが、その杖は持っていくのか?」

「一応な、魔術が必要になるかもしれん」

「あのゴミか」

「辛辣〜。

 あっ、そうだ!

 シャロ、我儘言ってくれてありがとうな」



 ローランはにっと笑う。

 魔王はシャロ、クララ、フィリップを指差すと、三人の手錠がかちゃりと外れた。

 そして、影から一本の剣を取り出してシャロに投げる。


「春休みの間にお前のために作っておいた剣だ。ここにいる奴らくらい今のエルフなら余裕だろう」


 その剣には『オートクレール』と名が刻まれている。

 細く長い淡い色を放つ刀身に鍔には翼の彫刻が彫られていた。

 身軽で飛び跳ねるシャロを連想させるデザインだ。

 片手剣より少し大きく、両手で持っても違和感がない。


「準備は良いか?勇者」

「おう!暴れてやるか」


 そう告げると、ローランと魔王は魔王の生み出した影に飲み込まれ、姿を消してしまった。

 勇者と魔王のエルフの村奪還戦が幕明けるのであった。

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