第10話 10 エルフとエルフの村

「もう。ママ、捻挫くらいで呼び戻さないでよ」

「だーって、シャーが春休みなのに帰ってこないんだもーん」

「男らしくなるまで帰ってくるなって約束だったでしょ!」

「それはパパとの約束でしょ?私には関係ないわ」


 母、クララ・ルメートルとのやり取りの後、シャロははぁとため息をつく。

 早馬を飛ばし、エルフのみが知る近道を使いその日の夕刻にはエルフの村に帰ってきたシャロだった。

 手紙の内容にいてもたってもいられず出てきたが、父に会ってみれば低い崖から落ちて、足首を捻挫しただけだったとの事だ。


「でもパパ、

『俺はもう無理だ……。この世に未練は無いが、最後に、シャーの手を握って頬にキスされて、シャーの手料理を食べて一緒に森できのみ採りをしたい人生だった』

 って深刻に言ってたのよ」


「未練タラタラだよね!?」


「しかし、捻挫も甘く見てはいけませぬ。足に後遺症が残り、動けなくなり、死んだも同然になった者も過去にはおりまする。族長もあるいは……」


 クララのすぐ後ろ。エルフにしては大柄な男性がそう発する。

 背が高く、二メートルほどあるだろう。

 筋肉隆々で、その見た目から武闘派だとすぐにわかる。

 エルフには珍しい鎧に身を包んでおり、腰には剣を携えている。

 エルフの村の近接部隊の副団長、マキシム・ベルナールという。

 現在は団長であるシャロの父が療養のため、代わりに代理団長を務めていた。


 父、フィリップ・ルメートルはエルフの村の族長であり、エルフの村で一番剣の扱いが上手いが、マキシムは互角ではないかと言われるほどの剣の達人である。

 有事の際は、フィリップとマキシム、後何人かの部下を携え戦い出るのだ。


「取り敢えず、学校には私用で少し休みを貰ってるから、何日かはいるけど、あんな書き方は心臓に悪いよ」


 シャロはそう言って胸に手を当てる。

 その様子を見てクララはにやにやと笑みを浮かべた。


「あらあら、シャーなんだか胸が大きくなったんじゃない?」

「今は関係ないでしょ!」

「関係あるわよ。久々に見る娘の成長を喜ぶのも親の立派な務めなのよ」


 シャロは母が余り得意ではない。

 シャロが真面目すぎるのか、クララが楽観的すぎるのか、話をしていても母が何を考えているのか分からない時がある。


「帰ってきてくれて嬉しいわ。でも、男の一人でも連れてくるのかと思ってたのに、残念」

「ママ、今日から始業式なんだよ。連れてこれないでしょ」

「否定しないってことはいるのね〜。やーん、シャーのおませさん」


 シャロは「しまった」と思った。

 ルームメイトのことを思って言ったつもりだったが、クララは彼氏と勘違いしたようだ。


「え、ちがっ。ママ、待って!まだ、そこまで行ってないから」

「やーん、予定なのね。片想い?両思い?当事者からは分からないわよね。校長に聞けばいいかしら」


 ルメートル家はエルフの族長であり、魔法研究のため人員派遣などを積極的に行なっている。

 特にウォルフォード魔法国立学校との関係は深く、大体の我儘は通じてしまうのだ。

 実際、シャロが性別を偽って入学したのも、親と学校のズブズブな関係からなせることであった。


「奥方様、その辺で。シャーロッテ様が困っております」


 マキシムが止めに入る。

 それもそうだろう。クララの前には茹で蛸のように耳まで真っ赤にし、涙目ながらきっと睨みを聞かせるシャロの姿がある。

 クララはその様子に満足したのか、「分かりました」と答えた。


「それでは本題に」

「え?」


 クララの声がすっと冷たくなる。

 これは真面目な話に移る時の彼女の癖だ。

 シャロは呼び戻されたのは父の捻挫だけと思っていた。

 しかし、それだけではなかったようだ。


「シャーは知ってるか分からないけど、今、エルフの村は盗賊団より攻撃を受けています」


 シャロは知らなかった。

 帰ってくる時は出来るだけ人目は避け、森に入る前にはエルフだけが知る近道を使った。

 また、春休みの間は殆ど篭りっきりで、出かけたのは最終日のみ。

 そう言えば、戦った人攫いがシャロを見て攫おうとしてきたのを思い出した。


「激しい激突という訳ではありませんが、間隔を空けて小規模な戦闘が何度も行われています。パパもその時に怪我をしました」


「敵は例の如く、魔法レジストやアンチマジックエリア等の結界を使います。既存の魔術部隊は殆ど役に立っておりませぬ。今は一人でも戦士が必要であります」


「もしかして、ボクに戦えって?」


「そうです。見習いとはいえ戦士は戦士。ルメートル家の血を持つシャーなら絶対活躍できると思ったのです」


 フィリップとクララはシャロを次期族長を視野に入れている。

 ただ、族長になるには実力を見せる必要があり、そのために今回の盗賊団襲撃で活躍させようと思っているのだ。


「いや、ボク見習いだよ!?殺されちゃうよ」

「大丈夫よ。常にマキシムが横についていてくれるわ」

「仰せのままに」


「帰ってくるんじゃ無かった」と思った。

 シャロは族長になりたくないのだ。

 村の危機であるのは確かである。しかし、クララはシャロが族長になりたくないことを知って今回の計画を立てた。

 無理矢理でも戦果をあげ、周りに認めさせ、シャロが逃げれなくする。

 村を守るルメートル家の為に必要なことなのだ。


「大丈夫よ。盗賊団はそんなに強くないわ。魔術師主体だし、近づいてぱぱっーと斬っちゃえば逃げていくもの」


 楽観的なクララの言動にシャロはため息を漏らす。

 やっぱりこの村は嫌だ。ボクは冒険者になりたい。

 そう、自分の夢がますます膨らんでしまう。


「どちらにせよ、今は人手が足りませぬ。できればシャーロッテ様にもご助力頂きたいのは、この村一同の願いであります」


 マキシムはそう言って話しをまとめたのだった。


「分かったよ。取り敢えず、ボクは荷物をまとめてくるから」

「ありがとう、シャー。大好きよ」


 シャロははいはいと手を振りながら部屋を出て行った。

 クララは満面の笑みで見送り、マキシムは難しい顔をしてシャロを見送ったのだった。


 すると、シャロが出て行ってすぐにエルフが入ってきた。


「代理団長!侵入者です!」

「盗賊団か?」

「分かりません!魔術師のようなのですがすばしっこく手間取っております」

「数は?」

「二人です」


 少ないな……とマキシムは考える。

 魔術師のみで偵察は盗賊団にしてはおかしい。

 何か盗賊団とは別のグループか?


「私が出よう」

「シャーはどうします?」

「必要ありませぬ。様子を見るだけですから」


 クララはそうですかと身を引く。

 伝令の話だと敵は戦闘を避けている様子だ。

 マキシムは確認のため、侵入者の元へと足を運ぶのだった。

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