第9話 09 勇者と始業式

 始業式は一度全てのクラスメイトが学校の大広間へと集められる。そこで、各先生からの連絡事項や校長からのラリホーの様なお話を頂く。


 一度教室に集まるということも無いので、ローランはシャロを誘って行こうとしたのだが、何故か断られてしまった。


 昨日、外出から帰った時は浮かない顔をしていた。

 夕食の際は、街で人攫いを倒したと話してくれてが、嬉しそうな表情ではなかった。

 魔王が執拗に様子を窺っていたが、結局分からず仕舞いだ。


 シャロは真面目であるが思い詰めるタイプのようだ。

 部屋を出るとも「一人で考え込むなよ」と一言言ってきたが、苦笑いを浮かべるだけだった。


 ローランはルームメイトについて考えていると、ハイメがいつものように話しかける。


「おはよう、ローラン」

「あぁ、ハイメ。久しぶり」


 彼は確か実家に帰省していたのだっけな。

 同じ寮生活だったが、会うことは無かった。


「あれ?シャロは?」

「なんか一人で登校するみたいで」

「そっかぁ……。聞きたいことがあったんだけどな」


 ハイメの深妙な顔にローランは眉をひそめる。


「何かあったのか?」

「いや、実家から戻る時にここの関所を通ったんだ。

 そこの守衛に大規模な盗賊集団と人攫いクラスターが

 手を組んでエルフの村を襲う計画を立てている可能性があるから気をつけてと言われてな」


 この世界は奴隷制度というものがある。

 金銭面や家庭環境から人という人権を売って終身的に雇用してもらうものだ。

 ある程度法が整備されており、余りにも扱いが酷すぎると罰せられるケースがある。

 しかし、これは正式な奴隷契約と奴隷刻印がされた者に限る。


 人攫いという違法行為がある。

 これは言葉通り人を攫い、裏ルートで売る。

 お互い合意の上での奴隷契約ではなく、強制的に販売主と雇用主の間で契約が交わされる。

 正式な奴隷契約も奴隷刻印も無いため人権は無く。

 人攫いコミュニティにだけ存在する奴隷が反抗すると電撃が走る魔法陣が身体に刻み込まれるそうだ。


「シャロは知っているのか?」

「それを確かめようと思って探してたんだ」


 昨日の夕方からシャロは浮かない顔をしていた。

 もしかするとそのことを知っていたのかもしれない。

 今も大広間に顔を見せていないシャロ。

 もしかすると、一人で村に戻ったのか。


「やぁ、君たちどうしたんだい?冴えない顔をして」

「困り事?」


 そこに現れたのはアーサーとマーリンだった。

 二人と会うのも始業式以来だった。


「いや、ルームメイトがさっきから見当たらなくてね」

「あの貧相なエルフか?いてもいなくても変わらんだろ」

「アーサー、本当に失礼」


 アーサーの言葉にマーリンは呆れた顔で返す。

 この自称勇者は人に対しての礼儀はあまり弁えていない。

 特に、上から目線が目立つのだ。

 アーサーはマーリンに注意され唇を尖らせた。


「貧相は貧相だ。華の無いエルフだ!俺は間違ってない」


 呆れたマーリンはアーサーを無視する。

 ローランに向き直ると、どうするのか訊ねた。


「ちょっと俺行ってくる」

「どこにだよ」

「エルフの村」


 ローランの言葉にハイメはいい顔をしなかった。

 それもそうだ、これから始業式がある。

 しかも、エルフの村までは急いでも一日かかる。

 最低でも往復二日は学校を開ける。

 勝手にそんなことをすれば、先生の印象は悪くなるだろうし、内心にも関わる。

 相談したところで、今は危険なエルフの村になど行かせてくれるわけがないのだ。


「でも、シャロがもし村に戻っていたら」

「盗賊団に襲われるかもしれない……か」

「アークデーモンは?」


 そうか、魔王が部屋にいる。

 何か異変を感じていた魔王なら何か察知して行動を起こしているかも。

 いや、待てよ。最近魔王の朝は家庭菜園に忙しかったな。

 当てにはできないぞ。


「いや、シャロはなんだかんだで用意周到だ」

「まぁ、そうだな」


 ハイメも心当たりがあるらしく苦笑いを浮かべる。


「心配なら私が力になる」

「え?」

「先生は任せて。口裏合わせておく」


 マーリンはぐっと親指を立てる。

 マーリンはローランが高熱で引きこもっていることにしようと提案してきた。

 そして、そこの細かな調整はマーリンがしてくれるとの事だ。


「分かった。ありがとう」

「行ってこい」


 マーリンたちに見送られ、ローランは大広間を出て行った。


「おいおい、あんなこと言って良かったのかよ?」

「大丈夫。ハイメはアークデーモンの畑の水やりね」

「え?」

「アーサーはローランのノート取りね」

「なんだと?マーリンは何するんだ」

「私はそこらの調整」


 あ、こいつ何もしないつもりだ。


 部屋に戻ると案の定シャロの姿はなく、魔王は畑の世話に出ていたようだ。

 部屋の机にはシャロの字で「実家に帰らせていただきます」と書かれてあった。


「どうやら、私が部屋を開けた時に抜け出したみたいだな」

「魔王とあろうものが情けないな」

「言い返す言葉もない。追うのか?」

「追う。なにかあったら助ける」

「それでこそ勇者だな」


 ハイメの話だと盗賊団もいるかもしれない。

 支度には戦闘の準備も必要だ。

 まだ、買って使ってもいなかった魔術師用の大きめな杖を取り出す。

 ブロンズの杖で、使用者の魔力を高めてくれる。


 魔王も簡単に支度をする。

 そして、準備の整った二人はエルフの村を目指して部屋を出たのだった。

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