第8話 08 エルフと春休み

 魔法国立学校の春休みは二週間ほどだ。

 その休みの間、生徒たちは寮に残る者や実家に帰省する者などに分かれる。

 さまざまな国から集まっている学校であり、遠くの国から来ている者にとっては二週間という期間は短かった。


 シャロの故郷、エルフの村は魔法国立学校からそう遠くない。

 早馬で一日中走れば着くような村だ。

 しかし、シャロは卒業するまでは出来るだけ村には帰らないようにしていた。

 半人前の自分を余り見せたくなかった。

 村に帰ると、みんなからの羨望の眼差しがとても心を抉るものがあったのだ。


 それに、娯楽も少ない。

 ウォルフォード魔法国は大きな国であり、学校は魔法都市にある。

 街に出れば暇をする学生にとって十分な暇つぶしになるのだ。


 春休み最終日。

 今日、シャロは一人で街に出ていた。

 ローランは昼寝、魔王は家庭菜園を始めようと、寮の庭を耕し始めていた。


 そちらを手伝うのも良いのだが、春の日差しも心地よく、今日は街に出たい気分だった。

 こういう時に自分は気分屋なのだなと実感する。

 縛られることは好きでない。束縛してこない二人は好きである。

 昼を過ぎ、屋台で鶏肉の串焼きを購入した。

 頬張りながら大通りを歩く。


 食べ物、服、装飾品。たくさんの店が並ぶ。

 今日は特に目的もないウィンドウショッピングだ。


 ふと、ランジェリーショップが目に入る。

 きつめに布の巻かれた自分の胸部を見る。

 幼少より父からこうするようにと教えられてきた。

 ただ、歳を重ねるにつれ、ランジェリーというものに興味が出始めている。

 男らしさとはかけ離れたものであるが。


 それに、最近マオの料理を食べていると胸の膨らみが大きくなってきている気がしていた。

 エルフの成長期は一般の人族より遅いと聞くし、マオに相談したところ。


「タンパク質摂取のために大豆を基調とした食生活に変えたからな。

 植物性タンパク質は女性ホルモンの働きをよくする。恐らくそれだろう」


 と、よくわからないことを言っていた。

 彼女の栄養学は素晴らしく、見習いたいと思っているが、話せば話すほど頭が混乱する。

 マオ、知的でクールな女性。ローランはそんな人が好きなのかな。


 本を抱え、眼鏡をかける自分を想像する。

 クールアンドビューティー。

 それを思ったところでふふっと笑いが込み上げてきた。

 自分には似合わないなと。


 ただ、眼鏡を買うのはいいかもしれない。

 オシャレなんかもしてみたいな。

 アパレルショップの前に置かれたマネキンの着るひらひらのワンピース。

 ああ言ったものは子供頃から着たことがない。


 殆どは男物の履き物ばかりだ。

 女性である楽しみというのは全て一族のために犠牲にしてきた。

 最近、着てみたい、やってみたいと好奇心が湧くことも増えてきてしまった。

 多感な時期なのかなと思いつつ、その服屋に入ってみる。


 男らしさを磨き上げたら、ワンピースも着てみたい。

 なんて、目標とご褒美が相対していることに笑ってしまう。


 そう、ボクは女らしさを求めてはいけないのだ。

 髪も伸ばしたことがない。長く伸ばしても首にかかるくらいだ。

 そろそろ散髪の時期だなと思いながら服屋を出た。


 自分が戦士科を卒業し、立派に村を守れるようになる。

 それがエルフの発展のためだ。

 そう言い聞かす。誇らしいことだ。


 そのために毎日のようにマオに稽古をつけてもらっている。

 最近は立ち回りについて教えてくれた。

 身軽なエルフのバネを活かした縦横無尽な戦い方を考案してくれた。

 毎日の素振りや食生活の見直し、自主練で走り込みや筋トレをすることで剣を振る力は以前と比べ物にならなくなったらしい。

 受けているのはローランであり、本人からの言葉だ。


 その度に、自分は今いい方向に向かっているんだと感じる。

 非力ですぐに泣くとクラスメイトからも揶揄われることも減るだろう。

 ハイメに迷惑をかけることも減るだろう。


 そんなことを考えていると、後ろから少女の悲鳴が聞こえた。

 その後ろからは母親であろう女性の助けを求める声。


「人攫いです!誰か娘を助けてください!」


 三人の男が少女を担ぎ上げ走っている。

 どれも屈強な体つきで立ち向かおうとするものを力で跳ね飛ばしていた。

 少女の鳴き声と男たちの怒声が鳴り響く。


 三人はシャロの方向へと走ってきている。


「止まれ!」


 身体が勝手に出てきてしまっていた。

 男たちの進路を遮るようにシャロは立った。

 助けなければ男じゃない。

 ローランならこうするはずだ。


「なんだ?エルフか?」

「親分が目をつける種族ですぜ」

「ひ弱そうだ。一緒にやっとくか?」


 三人は立ち止まり、各々話始める。

 エルフはその見た目から人攫いに会うことが多い。

 シャロはまだ襲われたことは無かったが、未遂だが経験した友達などは何人かいた。


 三人のやりとり聞き、自分が標的になったことを確信する。

 今、自分は手ぶらだ。

 丁度、店の壁に立てかけられた角材を手にする。

 素振りで使っていた木製の剣と同じ太さだ。

 人攫いを威嚇するように真っ直ぐに角材を構える。


「こいつやる気ですぜ」

「へっ、少しぐらいあざが出来てもかまわねぇ」

「やっちまおうぜ」


 少女を抱える男はそのままに、残りの二人が前に出る。

 一人が殴りかかってくる。

 シャロはマオの言葉を思い出す。


『単調な攻撃をしてくる者に一番有効な技はカウンターだ。直線なら避けて、そのまま鳩尾に一撃喰らわせてやれ』


「がはっ……」


 お見事と言わんばかりのカウンターが男を襲う。

 宙を舞う紙のように拳を交わしたシャロは男の鳩尾に一撃を加えると、もう一人の方へと走り寄る。


「よくも兄貴を!!」


『エルフの特徴はそのしなやかな身のこなしだ。日中であれば太陽の光を利用するというのも面白いかもしれんな』


 シャロは地を蹴り、大きく跳ねる。

 男はそれを目で追い、狙いを定めている。

 しかし、太陽の日差しと重なったところで眩しさからシャロを視界から離してしまい、角材の振り下ろしが脳天に落とされる。

 顔面から地面に叩きつけられ、何度かバウンドをする。

 そんなに力を入れて振った覚えは無いのだが。


 そして、最後の少女を抱えた男に対峙する。

 男は少女を乱雑に捨てると、シャロに向く。

 少女は恐怖からか動けないでいた。


「へっ、こんなエルフにお前ら情けねぇ」


 その男はこれまでの男たちとは二回りほど大きかった。

 筋肉の塊だろう。あの拳で殴られればとても痛いに違いない。

 しかし、シャロは怯えなかった。

 同じように角材を構えて、走り寄り、薙ぎ払う。


「へっ!そんな貧相な一撃、俺には――」


『私の料理を食べているのだ。もう、並の相手ではその一撃を受け止めることはできまい』


 男は店舗の石の壁にめり込んでいた。

 気を失っているのか、ピクリとも動かない。

 その光景をみていた周りのものは驚きを隠せないでいる。

 一人の華奢なエルフが屈強な男三人を一瞬で葬り去ったのだ。


 だだ、一番驚いていたのはシャロ本人であった。

 振りの重さ、立ち回り、技。どれもマオの教え通りだった。しかし、なによりも、怯えることのなかった自分に驚いていた。


「大丈夫だった?」


 シャロは乱雑に扱われた少女に優しく声をかける。

 まだ、恐怖心でいっぱいのようだが、少女はうんと頷く。

 幸い、怪我は擦り傷だけのようだった。


「娘を助けていただき、なんとお礼を言ったらいいか」


 母親が慌てて娘を抱き寄せ、シャロに感謝する。

 シャロはいえいえと苦笑を浮かべる。


「おい!俺の店になんてことするんだ」


 すると、石壁にめり込ませた店の店主が出てきた。

 男が急にめり込んできたのだ、とても怒っていた。


「ごめんなさい、ボク」

「違う違う、こいつらだ!弁償してもらうからな!!」


 店主は三人の男の首根っこを掴み、ロープで縛り上げている。

 男たちも観念したのか大人しい。

 まもなく、自警団に連れていかれるとのことだ。


「凄いエルフだな!武闘派なんだな」

「見惚れちまったよ!」

「かっこいー!」


 街の人から歓声が鳴った。

 それはシャロへのものであった。

 人生で経験したことがない達成感だった。

 戦士を目指して本当に良かったと、シャロは思った。


 その日、夕方くらいに寮に戻った。

 寮の玄関に郵便受けがあった。いつものように空の郵便受けかと思いきや、一通の手紙があった。


 内容は

「父、怪我重傷。直ぐに村に戻れ」

 という、端的なものだった。

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