第7話 07 勇者と過去の記憶
ローランは見覚えのある景色を見ていた。
懐かしくも苦しき時代の始まり、前世の記憶だった。
時刻は夜、灯る火は人を燃やし、異臭を放つ。
倒れる遺体の数は多く、その激戦を物語っていた。
その悲惨さ、残酷さは戦争であった。
魔王侵攻の初戦を交えた後の風景だった。
兵士たちが戦後処理に走り回っている。
ローランは丘の上からその光景を眺めている。
思い出した。魔王幹部がいたんだ。
その強大な強さの前に抑えるのがやっとだった。
ローランがまだ勇者では無かった時の記憶だ。
ローランは気づく、自分の隣にいる女性に。
ウェーブのかかった髪は風に揺られ波のようにはためく。
黄昏の水面のような金色の髪は彼女の特徴だ。
凛と整った顔は幼少期より見慣れた顔だった。
その身につけている鎧は、オルランド国の精鋭部隊のみが着用を許される『パラディン』の鎧であった。
彼女はローランにとって、良き幼馴染であった。
幼少期より共に切磋琢磨したライバルであった。
そして、悩んだときに一緒に考えてくれる友であった。
名前をオリヴィエ・ド・ヴィエンヌと言った。
彼女はヴィエンヌ家の跡取りとして育てられた。
オルランド王国のパラディンとして、騎士としての強さや貴族としての気品さを叩き込まれた。
ローランは田舎貴族であったが、ヴィエンヌ家と付き合いがあったため、年が近いオリヴィエとよく仕合をしていた。
決着がついたことはなかった。それだけ彼女は強かったのだ。
オリヴィエもこの戦争に参加し、多くの功績を挙げていた。
「多くの仲間の散っていった」
氷のように冷たい声がボソリと聞こえた。
それはオリヴィエからの言葉だった。
「オルランド国のため、ヴィエンヌ家のため、私のため」
死んでいった仲間たちの魂を追うように手を夜空へと挙げる。
これほど甚大な被害を出した戦いは彼女にとって初めてだ。
普段は冷静な彼女も精神的に参っているのだろう。
「望まれぬ女に生まれ、父のために騎士になり、国のために戦った。
しかし、私は仲間を守りなかった。
女ゆえの非力さ、ローランのようになりたかった。
何故、私は女などに生まれてきたのだ」
ローランにとってオリヴィエは決して弱いと思わない。
その実力はパラディン屈指である。
しかし、幼少期より家族から受けた女性へのコンプレックスが今の弱りきった精神力を蝕んでいるのだ。
子宝に恵まれなかったヴィエンヌ家から受けた不満がオリヴィエを今痛めつけていた。
そして、彼女を慕い、支えた部下は死んだ。
彼女はその現実を受け入れることに踠いているようだった。
自身の非力さに嘆いていた。
「ローラン、私は……、女は騎士なってはいけなかったのか?」
飛躍した質問だと思った。
しかし、過去にたしかにオリヴィエから問いかけられたものだ。
(その時俺は……)
――――
目を開き、背中に当たる布の感覚や視界に入る見慣れた天井に自分がベッドの上だと悟る。
先程まで見ていたのは夢だった。
懐かしくも苦しき時代の夢であった。
身体を起こし、窓の外を見る。
月はまだ頂を超えたほどで、今深夜だと言うことが分かった。
魔王と手合わせをし、久々に死と隣り合わせの戦いを経験した。
さっき見た夢はそれの反動だったのかもしれない。
「……オリヴィエ」
この世界にはいないオリヴィエの名を呟く。
パラディン屈指の実力を持ちながら、女性であることにコンプレックスをもつ良き友。
久々に見た彼女の顔に喜びや悲しみなど複雑な感情が入り混じる。
「ローラン?」
声がした。それはオリヴィエと同じ金色の髪を持つシャロのものだった。
シャロもローランと同じようにベッドから半身を起こしていた。
月明かりの中、女性と見間違えるような顔つきでこちらを見ていた。
「凄くうなされていたけど、大丈夫?」
自分の唸りで起こしてしまったのかと思い謝罪をするが、そうではなかったようだ。
「ボクも眠れないんだ。ローランとマオさんの戦いを見て」
興奮冷めやまぬと言ったところだ。
二人の戦いをけしかけたのはシャロだった。
その後は二人の異次元のような戦いに目を奪われていた。
結局、先生たちの横槍により決着は付かなかったが、シャロにとって改めてローランの強さを確認した良い機会だったらしい。
「ローランはやっぱり凄いけど、マオさんも凄いね」
「あいつが本気になれば城を斬るからな」
その記憶も鮮明にある。
王城を横一閃に真っ二つにされた時は絶望したものだ。
それに比べれば今日の手合わせなどお遊びもいいところだ。
「アークデーモンは凄いんだね。ボクも頑張らないと」
「そういえば、シャロは戦士になって家を継ぐのか?」
オリヴィエの夢を見てしまったからだろうか。
ローランはふと、そんな質問をしてみた。
シャロは少し考えたのちに口を開いた。
「うん、ボクの家系ってエルフの村でも重要だから。それに私一人っ子だし」
「どうして、エルフなのに戦士なんだ?魔術の方が得意な種族なんだろ?」
エルフと言えばと聞かれたら魔術と答えられるほど、エルフという種族は魔術に精通していた。
「うーん、そうだなぁ。ボクの家系はね、魔術では倒せない敵を倒す役割を担っているんだ。
エルフの村を襲うってなると魔術の攻略を優先させるから、そういう部隊を倒す役割」
魔術には攻撃魔術とレジストという防御魔術がある。
魔術だけの敵となると必然的に防御魔術を使う者が多くなる。
攻撃魔術より防御魔術が大きくなると、攻撃魔術側は攻撃する術が無くなる。
そのときに活躍するのが、シャロの家系ということだ。
「今はお父さんとその部下たちだけなんだけど、卒業すればボクも部隊を持つんだって……」
シャロはため息をついた。
その大きさに少々心配になってしまうくらいだ。
「嫌なのか?」
「嫌……になるのか。ボクね、夢があるだ」
「夢?」
シャロの夢はこの一年間一緒に過ごしてきて聞いたことがなかった。
「うん、冒険者になること。色んな世界を仲間と歩くの。そして、自分にとって大切な人を見つける夢」
その胸に抱く夢。決められた将来とは真逆の夢だった。
自由で希望に溢れて、努力して自立した夢であった。
ローランだって前世は冒険のようなものだった。
勇者は遊撃隊のような存在であり、広がった戦線を縦横無尽に走り回っていたのだ。
「いい夢だな。自由で」
「うん、ボクは自由になりたいのかもしれない」
ローランはその時のシャロの表情は印象的だった。
笑顔であったのだが、その奥には寂しさを抱いていた。
見たこともない顔に少し驚きを見せてしまった。
普段はしないシャロのプライベートの話し。
シャロの心境を初めて知ったのかもしれない。
「ふぁ〜。眠たくなっちゃった。もう寝よっか」
「そ、そうだな」
ローランの複雑そうな表情を見ることもなく、シャロは布団に潜ってしまった。
ローランはシャロのことを考え、眠るのに時間がかかってしまった。
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