第6話 06 魔王と特訓
残りの授業も終わり、春休みに入った。
ローランと魔王の関係は相変わらずだが、魔王はローランの部屋を自分の城の様に甲斐甲斐しく世話していた。
シャロは魔王に習う様に家事を真似していた。
シャロ曰く「分担することは大事だよ」との事だが、ローランは構うつもりは無い。
ただ、春休みということで授業も無くなり、朝早く起きる理由も無くなったと言う訳ではなかった。
それは、シャロの剣術の特訓であった。
日が登ってすぐ、春と言ってもまだまだ肌寒い。
シャロは防寒にもなる戦士科の制服で出てきている。
ローランは体操着で魔王はいつものドレスだった。
「よーし、始めるか」
「よろしくお願いします」
シャロとローランは木製の剣を持ち、対峙している。
ローランは堂々と立っているが、シャロは少し腰が引けているよくに感じる。
授業で習った構えを取り、ローランの合図を待つ。
魔王はその様子をじっと見ていた。
「よし、いつでも打ってこい」
ローランがそう合図するとシャロは一気に距離を詰め、ローランに斬撃を浴びせようと薙ぎ払う。
シャロの両手で振りかぶった斬撃はローランの片手で持つ剣に易々と弾かれる。
軽い一撃だ。
ローランに弾かれた勢いでシャロの剣は主人の手から離れてしまう。
その勢いでシャロも尻餅をついてしまった。
内股になって尻餅をついていると、男らしさのかけらもないなとローランは思ってしまう。
「ご、ごめん。手を離しちゃった」
「怪我はないか?」
「う、うん。やっぱローランは強いね」
「そうだなぁ、シャロはもっとがーっと近づいでぶわーって振りかぶってドッカーンって攻撃しないと」
「なるほど!」
ローランのその台詞に魔王は眉を顰めた。
魔王は思った。「この男、教えるの下手ではないか?」
彼は天才肌だ。強くなる過程で結果と原因を考える間も無く出来てしまったというタイプだ。
というか、あの擬音だけでよく「なるほど!」なんて言えたなエルフよ。
魔王の訝しむ表情を横目に二人のやりとりは続く。
「もっと懐にざわーって入って、ぞわーって振るんだ」
「でも、それだとその後隙ができない?」
「それは、身体をじわーって動かして……」
「もうよい、勇者!見てられんわ」
ついに魔王は口を挟んでしまった。
ローランの剣術は最低限の基礎から死闘の中で生まれた実践経験型だ。
育成のマニュアルもなければ、「見て学べ」と言わんばかりの職人的思考になっている。
それではシャロが理解して身につける頃には卒業式だ。
魔王に口を挟まれ、ローランは眉を顰める。
何か文句あるのか?と言わんばかりに魔王を睨んでいた。
「勇者よ。一時間ほどエルフを貸してくれんか?」
「何故だ?」
「私からも少しエルフに型を教えてやろうと思う。どうやらエルフは両手持ちのようだ。片手剣の勇者より、両手剣を使っていた私の方が相性がよいだろう?」
ローランの前世の記憶が蘇る。ローランは大きさこそ両手剣であった愛剣を片手で振るっていた。それに対して、魔王は巨大な剣を両手で振る。
戦っていた際、お互いの動きが違うことは認識していた。
「いや、魔王に教わることは何もない」
「そう、意固地になるな。師を多く持つことは悪くない。エルフはどうだ?」
魔王の問いかけにシャロは戸惑いつつも頷く。
「エルフもそう言っているではないか。二人の教えを持って、それをエルフが取捨選択をする。そういった自由な特訓もたまには良かろう」
ローランはシャロの顔を見る。
シャロも魔王から訓練を受けてみたいと頷く。
「分かった。一時間だけだ」
――――
「エルフよ、そもそも貴様。素振りをサボっておらんか?」
ローランからシャロを預かり、木製の剣を持った魔王の第一声はこれだった。
「え……?」
その表情を見るに図星だった。
「やっぱりか。なぜ、素振りをせぬ?」
「えーと、ローランが素振りをしなくても立ち回りでなんとかなるって言ってたから」
あの勇者は……。
自分の立場と弟子の立場を同一視している。
「まずは素振りからだ。エルフの剣は踏み込みの甘さと構えた剣への意識がまるで無い。まずは最高の一撃を身体に染み込ませて、いつ、どの瞬間でも放てる様にしなければなん」
その説明にシャロは納得の表情を出す。
ローランの才能とシャロの才能は別だ。シャロの戦い方はローランとは別になるだろうと、魔王は思っている。
素振りのためにシャロは剣を構える。
魔王はシャロの構えの細かな修正点を直すためにその腕を触る。
そして、様子を見ているローランには聞こえない声で話しかける。
「こんな華奢で柔らかい腕。おなごの様じゃな」
その台詞にシャロは耳まで真っ赤に顔を染める。
「それではダメ?剣は力が無いと振ってはいけないの?」
言い返す様にシャロが囁き返してくる。
魔王は首を振る。
「そんなことはない。技と動きを知り、屈強な男を捩じ伏せる女騎士を私は何人も見てきている。勇者の横にも居たはずなんだがな……」
「え?」
「すまん、話が逸れた。どれ、構えはこれで良い。振ってみよ」
二度三度振ってみる。
剣を振るたびに構えにブレが出る。魔王はそれを直すように何度も注意をする。
身体の部位一つ一つに意識を持ち、その意識は剣先まで集中させるように指示する。
何度も振る剣はブレをなくし、常に同じ質になるようにする。
最初はぎこちなかったシャロであったが小一時間魔王の指導を受けていると、自然と自分に合った振りを見つけてきていた。
「良いのでは無いか?」
その魔王の台詞にシャロの表情はばっと明るくなる。
恐らく、シャロ自身でも手応えのある素振りだったのだろう。
改めて、ローランに手合わせをお願いする。
素振りの様子を眺めていたローランは、何度かストレッチをすると剣を構える。
シャロは先程までの素振りをなぞるようにその剣を構えた。
「いつでもこい」
シャロはかっと間合いを詰めて斬りかかる。
最初の時とは違う、しっかり筋の通った振りがローランに叩きつけられる。
ローランはそれを受け止める。しかし、その重みはこれまでのものと違った。
剣はシャロの手から離れることなく、握られたままだ。
「そこまで」
魔王の言葉に二人は「ふぅ……」と力を抜く。
シャロはスッキリしたような眩しい表情を見せる。それに対してローランの顔は複雑そうだ。
「いい一振りだったよ」
「ありがとうございます!」
ただ、ローランも戦士でありその一振りは評価せざるを得なかった。
自分が必要無いと言ったことを後悔しているようだ。
「マオさん、ありがとうございます!なんだかとてもスッキリしました」
「よいよい。これから私の方からもサポートをする。もう少し下半身を強くする必要があるからな。食生活も見直そう」
魔王がそう言うと、シャロはにっこりと頷く。
ローランは少々拗ねた様子でこちらを見ている。
「勇者も拗ねておらんと」
「……拗ねて無い」
つーんと唇を尖らせるローランとそれを諌めようとする魔王。
シャロはふと疑問に思った。
「ローランとマオさんはどっちが強いの?」
その日グラウンドに謎の大きなクレーターが出来た。
春休みの中、待機で出勤していた先生たちが慌てたようすで土魔術による穴埋めをする様を見てシャロは自分の発言を後悔するのだった。
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