第5話 05 勇者と魔王の二日目
「では諸君。さらばだ」
夕方になり、クラスメイトたちはそれぞれの帰路につく。
アーサーのふざけた挨拶を横目にローランも机を立つ。
マーリンも今日は家で予習をすると言っていたので、もういない。
あの子は生まれながらの天才と努力を怠らない秀才を兼ねそろえた子だ。
前世にもそんなやついたなー。なんて考えつつ教室を出た。
寮までに帰る道でシャロと合流することがよくあるが、今日は見当たらない。
あの子は性格上よく先生から頼まれごとを受ける。
今日もなにかやらされているのだろう。
一人寂しく寮まで帰ってきた。
そう言えば忘れていた。この扉の先には魔王がいたんだった。
さながらこれは最後のセーブポイントがある魔王の間の扉というわけだ。
(玉座とか置いてないだろうな……)
なんてふざけつつ、扉に手をやった。
ゆっくりと扉を開く。
「あ、勇者か。すまない、帰るまでに終わらせるつもりだったんだが」
「え……」
確かに自分の部屋であった。
間取りも家具の位置も変わらない。
ただ、感じる違和感があった。
それは、埃や蜘蛛の巣といった部屋のゴミが全て無くなっていた。
ピカピカに掃除がされていたのだ。
魔王は昨日の調理の時と同じく髪を結びエプロン姿だった。
彼女は床についたシミを落とすのに格闘している。
それは、あの死闘を繰り広げた魔王という風格ではなかった。
「何やってんだよ、魔王」
「これは掃討戦だ。我雑巾軍の行軍でこの愚かなシミに鉄槌を」
ローランはため息をついた。
なんか調子狂うなぁと感じてしまったのだ。
前世の魔王城で戦った時はもっと暗く、冷酷で、カリスマ性を感じた。今とは別人だ。
そして、ふと昨日の魔王の言葉。
『私とて本意で魔王などしていなかった』
なんとか聞き取れた呟きの意味を考える。
今もなお床のシミと全面戦争を繰り広げる魔物の王様。
彼女がどういった気持ちで魔王をしてきたなど考えてこともなかった。
人間を苦しめる悪の親玉。それだけだ。
思えば魔王のことなど何も知らない。
「魔王。着替えるんだが」
「あぁ、すまない。夕飯の仕上げに入ろう。シミよ!一度停戦協定を結ぶぞ」
笑えばいいのか?
なんて首を傾げてみる。
しかし、魔王はそそくさと奥の部屋へと入っていってしまった。
ローランが着替え始める。
上着を脱ぎ、前世で鍛え上げた身体を曝け出す。
魔術科は座学が多くなるため汗をかくことは少ない。
シャロはよく泥まみれになって帰ってくるが、一体どんな授業をしているのか。
「ただいまー、え……あっ!!」
なんて考えていると、その本人が部屋に入ってきた。
シャロは部屋に入るなりローランの姿を見て固まった。
顔をみるみる真っ赤にするとそれを隠すように両手で顔を覆う。
指の間からちらちらとローランの半裸を盗み見ている。
男同士でそんな照れることないだろ。
と、ローランは毎度思う。
「いくらエルフでこんな鍛えた身体が少なかったからっていい加減慣れろよー」
これは最初にシャロのローランの半裸を見て固まった時の言い訳だ。
ローランはそれを真に受けて今もそうやってからかう。
「慣れるなんて無理だよー。刺激がー」
「俺の筋肉を刺激物扱いするな!」
「ボクにとっては刺激物なの!」
シャロは背を向けて「早く着てよ」と叫ぶ。
もう、このやり取りも飽きてきているのでローランも素直に服を着る。
「もういいぞ」
「はぁ……。ローランって魔術師志望なのになんでそんなに鍛えているの?」
「男ってもんは誰でも世界を救いたいと思うわけだ」
「う、うん……」
「そのためには鍛えないとって思ったらこうなった」
間違いではない。魔王の軍勢と戦っていると最終的にこんな身体になってしまったのだ。
魔王の振るう両手剣を受け止めた時など、崩れる高層建築物を受け止めた時に匹敵していたが、この筋肉は持ち堪えたしな。
「戦士になれば良かったのに」
「戦士は飽きた」
前世で飽きるほど経験してしまった。
前衛をし過ぎたものは後衛に憧れてしまうのだ。
弓使いの仲間の様に陰ながらサポートをするのも良いだろう。
合わなかったら、戦士すればいいし。
「シャロ、今日はどうだった?」
「んー?やっぱり立ち回りのステップの遅さと振り下ろしの一撃の貧弱さを指摘されたよ」
ステップについては経験が足りず、貧弱さは筋肉が足りない。
筋肉については体質もあるので時間がかかるが、ステップはなんとかできる。
「春休み入ったらみっちり稽古つけてやろうか?」
「いいの?帰省とかは」
「ない。シャロが良ければ見るよ」
「じゃあお願いしようかな。魔術師志望の人から稽古つけてもらうなんておかしな話だね」
えへへーとシャロは笑う。とても機嫌が良くなった気がする。
シャロは「着替えてくるね」と言って奥の部屋に入っていった。
入る際に魔王と何か話していたが、ローランには聞こえなかった。
シャロはいつも奥の部屋で着替える。
前世の記憶で薄らと弓使いのエルフを思い出す。彼もまた美形のエルフだったが、奴隷となり身体に奴隷用の刻印を刻まれていたことがあった。彼は肌を見せるのを嫌っていた。
そう言ったデリケートなことがあるからローランは特にシャロの行動に不思議を感じなかった。
シャロの出てきた時は手元に魔王の手料理を携えた状態だった。
口元にソースの跡がついている。こいつ、またやったな。
つまみ食い兼毒味役になっている。
「昨日のあまりに一手間加えたんだって!」
「ほぅ……。美味かったか?」
「あ、え?……うん」
まさかバレてないと思ってたのか、シャロは一瞬たじろきだが、素直に頷いた。
魔王が残りの料理も運んできた。
待ちきれない料理は影から生える腕に持たせていた。
闇魔術でそんなこともできるのか!?
「待たせたな!」
なんてカッコをつけるが、格好はエプロン姿だった。
というか、自然に夕食作っているが、こいつはこれでいいのか?
「料理させてすまないな」
ついつい、謝ってしまった。
ローランもシャロも手伝っていない。
すべて魔王に任せっきりなのだ。
魔王が来る前は食堂や購買部で適当に軽食で済ませていたので、こう言った料理はありがたいが、申し訳ない気分になってきた。
「いいのだ。私は料理が好きだからな」
「掃除もしてもらった」
「掃除も好きだ。勢力縮小を己の手で行える良いものだ」
あれ、この魔王。ただの主婦じゃね?
なんて錯覚するが、影から伸びる闇魔術を改めて見る。
お前の様な主婦がいるか。
机に料理が揃い、三人で食べ始める。
昨日の肉料理に昨日には無かったソースがかかっていたり、スープにはとろみがついていたりと少しアレンジが加えられ、飽きのない味に仕上がっていた。
「ところで勇者。エルフに稽古をつけるのか?」
「そうだ」
「私も同席して良いか?」
ローランは魔王をじっと見つめる。
何を考えているか読み取ろうとする。
が、なにも分からなかった。
「他意はない。エルフの実力が見たいだけだ」
「シャロがいいならな……」
「いいですよ」
即答だった。
まぁ、稽古ぐらい見せても問題ないだろう。
そう思いローランも魔王の同席を渋々承知したのだった。
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