第4話 04 勇者とクラスメイト

「マオさんの料理、おいしかったね」

「あぁ……美味かったな」


 翌朝授業に出席するためにローランとシャロは部屋を出る。

 試験も終わり、進級の言葉を賜っているローランにとっては春休みまでの少々退屈な期間だ。

 シャロに進級試験について聞いてみると、彼なりに努力していたようで「問題ないよ」と帰ってきた。

 華奢な身体ではあるが、暇な時はローランが稽古をつける時もあるので試験を落ちるなんて杞憂だったようだ。


「よっ!」

 寮から学校までの短い通学路を歩いていると、ひとりの男がローランの後ろから迫ってくる。

 遠目からでも目立つ赤髪にキラリと輝くキャラメル色の瞳。がっちりとした体格は戦士科に所属しているからだろう。

 ローランとも交友があり、シャロとは同じクラスのハイメが声をかけてきた。


「おはよーハイメ」

「いきなり痛いな!びっくりするだろ!」

「いいじゃねえか。お前、魔術師目指す割に身体丈夫だし」


 それは前世の力が残っている。前世では魔王の一撃を何発か喰らっても立っていた力だ。

 ハイメはその屈託のない眩しい笑顔をローランに向ける。

 こいつは何より人懐っこい。

 これは出会った時からのことだ。

 彼もまた寮を借りており、こうやって登校の時に顔を合わせることがある。

 ハイメはシャロのにこにこした顔に不思議そうな顔をする。


「なんか機嫌いいな」

「うん!新しい友達が増えたんだー」

「おい、あんまり言いふらすな」


 ローランは魔王の存在が広まるのは避けたかった。

 彼女の力を利用する者がもしかするといるかも知れないと思っていたからだ。


「あーマオさんか。昨日、購買部にいた美人の」

「知ってるんかい」

「うん、昨日紹介したよ」


 どうやらハイメと魔王は既に面識があるようだ。

 昨日の夕飯の買い出しの時だろう。

 あそこには小腹をすかせた学生が多くたむろっている。


「ローランが召喚したそうじゃないか。なんだ?お前の趣味か?」

「違う!断じて」


 ローランの強い拒絶にハイメはにやにやと笑みを浮かべる。

 これは勘違いしている奴の顔だ。

 そして、シャロもハイメの表情を見て少し悲しそうな顔をしている。そっちは理由はわからない。


「おっと、ここでお別れだな。シャロは借りていくぜ」

「おう、こき使ってくれ」


 校門から戦士科の教室はローランの行く魔術科の教室とは別方向だ。

 ハイメはシャロを携えローランと別れる。

 シャロはにこりと微笑みながら小さく手を振るのでこちらも振り返す。

 次に会うのは夕方だ。


 二人を見送って教室を目指す。

 さて、今日も授業頑張ろうと息巻いていると、先程までシャロがいた辺りに気配を感じる。

 ただ、それはシャロよりも背が低い子供のような背丈の影だ。


 シャロの金髪に対するような銀髪を肩まで垂らし、大きめのカバンを背負った少女。

 背とカバンの間に大きめの杖を挿し、退屈そうな顔でトコトコと歩いていた。


「うお!マーリン、いきなり出てくるのはやめろよ」

「別にいきなりじゃない。今、来た」


 その銀髪少女はマーリンという。

 くりっとした目や程よく膨らんだ頬は彼女の童顔の特徴である。

 学校の制服で身を包んでいるが、その隠しきれない幼さと相まって少しチグハグとしている。


 彼女はいつも退屈そうに振る舞っているが、魔術科では首席であった。

 そういったギャップも込めて、彼女はよくモテている。


「首席さまが俺になんのようで?」

「昨日の闇魔術のアークデーモンはどこ?」


 昨日の召喚術試験、マーリンも勿論いた。

 彼女はどうやら魔王に興味があるようだ。

 魔王は部屋で留守番をさせた。

 同伴させても良かったが、シャロ曰く視線を集めすぎるとのことらしい。

 魔王も留守番には納得しており、購買部に行くことだけの許可を取ってきた。

 まぁ、問題を起こさなければと伝えると彼女は問題ないと言っていた。


「部屋で留守番させてる」

「そう、話してみたかった」

「気になるのか?」

「ええ、勿論。あの召喚獣のコカトリスの石化を一瞬でレジストしカウンターのように闇魔術で影に飲み込む。ベテラン魔術師のような手際の良さを持った召喚獣で言語も操るなんて――――」


 彼女の突然の饒舌具合にローランは苦笑いを見せる。

 普段は無口で端的に話す彼女だが、自分の興味に対しては従順でこうやって口数が多くなる。


「はいはい、また会わせてやるから」

「約束!」


 マーリンはこちらを振り向き親指を立てる。

 はははーとローランは笑うが、気づけばローランの周りの男たちから殺気の籠った視線を浴びせられていた。

 マーリンに好意を寄せるやつらだ。

 ローランは魔術好きの女の子くらいにしか思っていないのだが、どうもそうはいかないらしい。


 教室に入ると聞き慣れた声がする。

 イケメンのアーサーだ。

 気品のある金髪の男。女性人気が高く、今も女の子に囲まれてる中自慢話な花を咲かせている。

 成績はマーリンに次ぐ次席であるが、その人気はマーリンを凌ぐ。

 その殆どは黄色い声援なのだが。

 クラスメイトからは次世代の勇者なんかと言われていた。


「約束忘れないで」


 マーリンは教室に入ると、トコトコと自分の席へと向かっていってしまった。

 ローランも自分の席に着く。

 そこはアーサーの隣である。

 アーサーを囲むように女性の輪が出来ている。


 ローランが席に座ると気を遣ってから少しだけ形が変わるが、邪魔なのは変わりなかった。


「やぁ、ローラン。マーリンと登校なんていい御身分じゃないか」


 キザったらしく話しかけてくる。

 取り巻きたちもこっちを見てくる。絡んできて欲しくないのだが。


「あいつが勝手に付いてきただけだ。それにマーリンが興味があるのは昨日の召喚獣だ」

「あのアークデーモンか。ガラハットのコカトリスを一撃だったな」


 ガラハットとは昨日の陽キャの事だ。

 あいつもアーサーの取り巻きだったな。


「まぁ、俺にかかればあんなアークデーモンも一撃だがな。なにせ、次世代の勇者だから!」


 その言葉に「きゃー!」と黄色い声が飛ぶ。

 おいおい、そいつはラスボスだぞ。

 なんて呆れているとアーサーは気に入らないのか不機嫌になる。


 ローランはアーサーが苦手だ。

 この性格もあるが、勇者という苦難を軽々しく語るところが余り好きではない。

 子供のお遊びではないことは前世で嫌ほど経験したからである。


 ローランはアーサーの言葉に生返事を返しながら、授業が始まるのを今か今かと待った。

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