第3話 03 魔王とルームメイト 2
完結に言うと完敗であった。
彼女の入れた紅茶は素晴らしくおいしかった。
彼女は魔術を使い、沸騰するお湯を紅茶に使った。
そして、そのお湯を高い打点からティーポットに注ぐ。
ティーポットの中では紅茶が嬉しそうに舞っている。
少しづつ赤褐色に染まるお湯は徐々に紅茶へと変わっていく。
魔王は紅茶が出来上がるまでの間、ただ待つだけはしなかった。
再び沸騰するお湯を生成すると、ティーカップに注ぎ容器を温め始める。
なんとも自然に行われる行動だが、ローランはやったことが無い。
これは、ティーカップに注ぐ際に発生する紅茶の温度の低下を防ぐためだ。
行き届いた配慮がなければ気づかないことだろう。
彼女はティーポットを眺め「うん」と頷くと、ティーカップのお湯を処理するとそのキャラメル色になった自慢の紅茶を注ぐ。
ぽっと部屋一面に広がるフレーバーは学業で眠気を誘う夕方にふわりと漂い覚醒を促してくれる。
なにか甘い物でも添えて欲しいと思ってしまうほど食欲をそそる香りが広がった。
「召し上がれ!」
ティーカップをローランとシャロの前に出す。
その所作も美しく、食器は一切音を立てることはない。
「ん〜デリシャス……」
「す、すごい。こんな紅茶飲んだことがないよ」
これが魔王の力か……。
「って!お前なんで魔術でお湯作れるんだよ!」
ローランが突っ込んだのは水を沸騰させた魔術だ。
水を沸騰させるにはかなりの集中力を必要とする。
ローランはまだ出来ない。だから紅茶も温くなっていた。
魔王が易々と使われたのはローランにとって気に入らないことだった。
「沸騰ぐらい魔力でゴリ押せば問題ないだろう?もしや勇者ー?出来ないのかー?」
魔王は口元に手を当てるとにやにやと笑みを浮かべながら見てくる。
ローランはぐぬぬと唸る。
「こればかりは才能だな。どうも私の身体には魔術は相性がいいらしい」
からかいはほどほどに魔王はそういう。
「マオさん!凄いです。どこであんな淹れ方教わったんですか?」
シャロが食い気味に魔王に話しかける。
その勢いは魔王も少し恐れおののいた。
「え、えぇ。私の料理の師は味から所作までうるさくてな」
「料理も得意なのですか?えーいいなー!」
シャロは羨ましそうに言う。
魔王のなんだこいつと言う目はとても印象的だ。
「あの!もしよければ晩御飯を一緒に作りませんか?」
「それは構わんが、食材はあるのか?」
「購買部にあります!買いに行きましょう!」
「じゃあ、俺は寝てるから」
シャロは強めに魔王の手を握ると、食材を求めて購買部へと向かうため出口へ進む。
ローランはついていくつもりもないし、召喚術を使い疲れていたのでベッドに横になった。
シャロはローランに荷物持ちを期待していたのか、むーと頬を膨らませる。
「戦士目指してるなら荷物ぐらい自分で持てー」
「わかったよ。行こう、マオさん」
そう言って部屋を出て行ってしまった。
――――
ローランは程よい空腹とそれをそそるいい匂いで目を覚ました。
自分は食堂で寝てしまったのかと思ったが、食堂でもこんな上質な匂いを嗅ぐ事は無い。
それではどこかの宮殿か?と思えば、ルームメイトと暮らす自室だった。
「おはよう、ローラン」
奥の使用人室から出てきたのはバンダナを巻きエプロンを下げたシャロだった。
その風貌はまるで女の子みたいだった。
「お、おう……」
シャロが手に持っていたのは肉料理だった。
それも香辛料をたっぷりに使われた物で、そのワイルドな香りはこの空腹にはきつい。
「待て!エルフ!」
さらに魔王が使用人室から飛び出してくる。
彼女もまたエプロンを下げ、髪はポニーテールにしている。
先程までのクールな印象とは違った家庭的な格好だった。
しかし、その表情は険しく。今にもその腕でシャロの腹を貫くのではないかという勢いだ。
ローランは思わず身構え、シャロも固まっている。
くっ、ついに正体を表したな!魔王!
「ローズマリーを添えるのを忘れているではないか」
「あ、ごめんね」
魔王はシャロの持つ肉料理に火を通した香草を添えた。
さっきまでの殺気はなくなり、にっこりと笑顔を見せた。
拍子抜けとはこのことか。
ローランも苦笑いをしている。
「勇者も早くおきろ。支度はできているぞ」
魔王の言葉に机の上を見る。
部屋の中央を陣取る大きな机は宴会かと思うほど多くの料理で埋め尽くされていた。
「なんだこれは」
「すまないな、エルフに流されて作り過ぎてしまった」
「マオさんの手際見てたらついついね」
エプロンを着た二人はてへっとお茶目に笑った。
まぁ、ローランも育ち盛りだし、シャロにはもう少し筋肉が必要と思っていたから別に構わないが、まさか魔王が殆ど作ったのか。
「毒とか入れてないだろうな」
ローランの訝しげな言葉に魔王は鼻で笑う。
「それではつまみ食いをしていたエルフはもう死んでいるな」
「え、バレてたの?」
シャロはびっくりした様子だが、口元に残る油のテカリはそう言う事だったか。
「まぁ、不満なら食べなくて良い。エルフと食べるからな」
こんな美味そうなものを並べられて食べないと言う選択肢は無い。
くそ、流石魔王汚い……。
なんて思いながら席につく。
魔王とシャロはエプロンを脱ぐと畳んでいる。
魔王は結んでいたポニーテールを解く。
その流れるような黒髪がふわりと揺れる。
そして二人も席に着いた。
「いただきます!」
食前の挨拶を済ませ、その豪勢な食事を食べる。
パン、野菜、肉、スープとその種類は多岐な渡る。
そしてどの料理もとても美味しかった。
調味料は食材の味を活かすように使われている。
「うまいな」
「おいしいです!マオさん」
ローランとシャロは素直に魔王を褒めた。
本当に美味しかったのだ。
しかも、あることに気がつく。
「マオさん、なんかこのご飯食べてると力が湧いてくるんだけど」
「そうであろうな。私の作る料理は食べた物を強くするからな」
え、なにそれ。
魔王軍がどいつも屈強だったのは魔王の手料理食べてたからなのか?
幹部レベルは特に強かった覚えがある。
まさかな……。
「私の料理はどうにもそういう力があるらしいのだ。原理などはわからぬのだが」
「じゃあ、ボクも毎日食べれば……」
「ムキムキだ」
ムキムキのシャロを想像してみる。
それはちょっと遠慮したい。
ただ、ローランはその想像がツボにハマり笑ってしまった。
それに釣られて魔王も笑う。
シャロだけは少し頬を膨らませていたのだった。
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