第2話 02 魔王とルームメイト 1

 試験が終わり、学校の廊下を歩く。

 進級についての取り消しは無かった。

 むしろ、闇魔術を使えるアークデーモンとして先生から称賛をいただいた。

 称賛をしてはいけないのだが……、とローランは思う。


 今、ローランと魔王との間にはレッドドラゴンも震えて逃げ出す程の殺気が漂っていた。

 ローランからの一方的なものだが。


 魔王はすまし顔でローランの後ろをついてきている。

 側から見れば魔王ではなく従者のような立ち振る舞いであった。


 星空の様に黒い長い髪を揺らし、氷の様に冷たく可憐な整った顔、すっと伸びた背筋に貴族の様なドレスに身を包み歩く姿に、すれ違う男子生徒は全員見惚れている。

 至る所で「誰だ、あの見目麗しい女性は」とヒソヒソ話が聞こえて来る。


 魔王はそういった言葉は無視するようにローランについていく。

 ローランはというと、そんなことに構っている暇はなかった。

 何故、魔王が召喚されて、後ろをついてきているのか。

 何故、闇魔術を使っていたのか。

 もう、混乱状態だった。


 召喚術試験は今日の授業の最後だったため、今は自分の借りている寮の部屋は向かっていた。


「ここの人族は私を面白い目で見ますね」


 ふと魔王が口を開いた。

 その鈴の様に透き通った声がローランの耳に届く。

 ここが魔王城であれば身の毛もよだつものだが、学校の廊下では何故が普通の女性のように聞き取れた。


「なにが目的だ。何故、召喚された」

「召喚したのは勇者であろう?」

「その呼び方はやめろ、この世界では勇者じゃない」

「私にとっては勇者は勇者だ」

「ならここで成敗してやる!剣術の腕は転生前と変わらないからな!」

「そんなことをしたら、この国が更地になってしまうぞ」


 何という壮大な人質……。

 おのれ魔王め!国を人質とは卑怯な!


「冗談よ」


 ローランのきっと睨む視線を逸らすように魔王は言う。

 国を更地など普通の人間が言えば冗談と分けるが、魔王ならやりかねない。

 声のトーン的に決して冗談には聞き取れなかった。


「私にもわからぬ。お前に殺されたはずの私が何故ここに呼ばれたのか。勇者の希望では」

「断じて違う。俺は忘れない!貴様が人々を殺した事、仲間、パラディンを殺した事!」

「人も魔族を殺した。お互い様であろう?」

「くっ」


 ああ言えばこう言う。

 口喧嘩は魔王の方が一枚上手かもしれない。


「私とて本意で魔王などしていなかった」

「今なんて……」


 魔王の小さく呟いた台詞。

 ローランは聞き返すように訊ねるが、その要求は叶わなかった。


 少しの沈黙が続く。

 そのまま、ローランの部屋にたどり着いてしまった。

 寮は男女別々である。殆どが二人部屋で、貴族などはそれにお付きの人がついてくる。

 部屋割りは入学の際に決まるので、転校する以外で部屋の人が変わる事は無い。

 ノックして扉を開く。


 中は二人部屋だ。

 部屋の中央に大きな机がある。それを挟むようにベッドが二つある。

 貴族も多く在籍していることから、使用人用の部屋も奥にあり、その部屋にはキッチンがあり、使用人が紅茶を淹れたり料理をしたりできる。

 もちろん、食堂というのは別にあるのだが、プライバシーを守りたいと言う生徒も少数いるので、そう言った配慮をしている。


 窓際には勉強用の机が置かれており、一人の人影がそこで学業に励んでいた。


「はぁー、ただいま。シャロ」

「おかえりー、ローラン。って、その人は誰っ!?」


 短く切られた金色の髪に人族にしては長く尖った耳。

 顔は幼く、中性的な顔であるが整っており美形と言ってしまうのが早いだろう。

 華奢な身体で筋肉は無く、凹凸のない身体付きをしている。

 服装は男性用の学校制服であった。


 名前はシャーロッテ・ルメートル。エルフだ。

 シャーロッテはエルフには珍しく戦士科に所属している。

 エルフが得意とするのは魔術だ。魔術科にも何人かいる。

 なんでも、エルフでも戦士の家系とかで両親に無理矢理学校に連れてこられたそうだ。

 卒業までに男らしさを磨かなければいけないらしい。


「こいつは魔王……」

「まおう……?」

「いや、こいつはー……マオだ。召喚術で召喚した」

「お初にお目にかかります。マオ……です」


 魔王は優雅に一礼する。

 その姿にシャロは嘆息を漏らす。


「は、初めまして!シャーロッテです!」


 対してシャロは元気はつらつに応える。

 令嬢と町娘の対峙といった感じだ。


「流石ローランだね!アークデーモンを召喚したんだ。しかも人語を話すなんて、かなり上級だね」


 はい、前世で最上級の魔王です。


「ローランは凄いなぁ。剣術も凄いし、アークデーモンも召喚しちゃうなんて……」


 シャロはローランが空の彼方へ行ってしまったかのように空を見上げる。


「シャロだって男磨き頑張ってるじゃないか。それに俺はもっと安全な召喚獣をだな」

「今の私は無害ですよ」

「どこがだ!」


 二人の様子をみてシャロはキョトンとした目で見ている。

 それもそうだろう、二人のやりとりがやけに親しみを持っていると感じたからだ。


「あ、あの、ローランのタイプってマオさんみたいな人なの?」

「え?」

「その、美人でスタイルもよくて、気品があって」


 このエルフは何を言っているんだ。

 誰がこんな、冷酷で、人族を地獄に陥れ、勇者と互角に戦う魔王を……。

 しかし、改めて魔王を見る。

 整った顔立ちはこの学校を探しても勝るものはいないだろう。

 女性らしい豊満な凹凸は下品ではなく、寧ろ芸術のように美しい。

 街を歩けば、ナンパの嵐であるだろう。

 しかし、これは魔王だ。


「ナイナイ。殺されてしまう」

「美貌で死人を出した事はないけど」

「お前は自分の美貌を否定しないのかよ!」

「自己評価は高めに設定してますので」


 二人のやりとりをみてシャロは苦笑いをする。

 ローランは居た堪れずお茶を淹れると奥の部屋に行ってしまった。

 魔王が背後にいて緊張から喉がカラカラだった。


 シャロと魔王の二人になる。

 シャロは警戒するように魔王を見ている。

 それもそうだろう。エルフは警戒心が強い。

 しかし、シャロが警戒していたのはそれだけでは無かった。


 魔王は奥の部屋に聞こえないほどの声でシャロに言った。


「それで、何故女が男物の服を着ている?」


 シャロの表情がきゅっときつくなる。

 魔王の言葉には答えなかった。


「ふむ。訳ありということか」


 魔王は察したようにいった。

 そして、それ以上の詮索はしなかった。

 すると、奥の部屋からローランが紅茶セットを持ってきた。


 魔術でお湯を作るとティーポットに入れる。

 そして、ティーカップに注ぐとシャロと魔王の分も作った。


 なんだかんだで魔王の分も入れるところはローランの良心だった。

 あくまでも今は異世界での再会だ。

 まだ、この世界では何もしていないのでお茶ぐらいは淹れてやった。


「ありがとう」


 魔王とシャロの間の緊張が解ける。


「いただこう」


 魔王もティーカップを取る。

 そして、一口啜る。


「え、温いわね。それに、全然混ざってない」

「あ?喧嘩売ってるのか?」

「そうね、紅茶がかわいそう」

「ならお前が淹れてみろ!」


 魔王はニヤリと笑った。


「分かりました。見せてあげましょう、私の腕を」

「ふん!絶対に認めてやらないからな!」

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